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北京人おっさんと行くタイ珍道中 2


タイ側からラオス金三角経済特区に行くボートがあるっぽいというのは事前に得た日本語情報で把握していた。しかしそれはコロナ前のものだったので、今もやっているかどうか不安を抱えつつ、とりあえず公園周辺の人に訊いて回ると、1キロほど南にボート乗り場があるという。半信半疑で15分ほど歩くと突如出入国設備が現れた。第三国人も通過出来る安心仕様の「金三角過境碼頭」である。

金三角過境碼頭


スタンプをポンと押してもらって、保津川下りレベルのボートに乗り込む。仮にも国際航路がこれって本当に大丈夫かいなと思いつつも、意外と風が心地良くて快適であり、ものの4,5分で「金三角经济特区欢迎您」と中国語でデカデカと書かれたラオス側の乗り場に到着した。ラオスにありながら、まるで中国の租界みたいだ。

これが国際航路の乗り場である
高校の遠足で行った保津川下りを思い出した
Welcome to ようこそ 金三角経済特区


この怪しい経済特区について軽く背景を説明しよう。この経済特区のボスは中国黒竜江省出身の趙偉(ジャオ・ウェイ)という商人である。彼は2007年にラオス政府からボケオ県のラオス・タイ・ミャンマー3国国境エリアを99年間租借し、金三角経済特区を設立した。この経済特区の全ての権力は彼の営むカジノ企業であるKings Romans Groupにあり、ラオス領内でありながらラオス政府の力は及ばない。ボケオ県ではなく「金三角経済特区政府」が行政権を握り、ラオス警察ではなく「金三角経済特区公安局」が警察権を握っている。趙偉はおそらく、ラオスの腐敗した地方役人に賄賂をたんまり握らせたのだろう。彼は、彼自身の王国を創り上げることに成功してしまったのである。
もしあなたが自分の王国を持つことが出来たら何をするだろうか?それは違法行為だろう。2018年に趙偉は米国財務省から「薬物取引・人身売買・マネーロンダリング・賄賂・野生動物の密輸」により制裁を受けている。

だが、金三角経済特区は基本的にカジノや風俗でちょっとハメを外したい中国大陸の成金観光客を呼び込むことで成り立っていた。制裁された頃はまだ比較的健全なものであったのである。しかし、コロナ禍のあおりは金三角経済特区にも容赦なく押し寄せた。観光客が途絶え、観光収入が激減してしまったのである。そこで始まったのが求人詐欺による拉致監禁&詐欺コルセンの二本立てであった。コロナ禍以降、オンラインカジノ規制やコロナ禍による収入減が原因で、カンボジア・ラオス・ミャンマー各地の中国系カジノにおいて国際犯罪シンジケートが詐欺の組織化を行ったのである。まず、高収入の求人があると騙って主に中国語話者(非中国語話者も少なからずいる)を東南アジア各地に誘い出し、パスポートと携帯を取り上げたうえで「園区」という外に向かって閉じた団地のようなタコ部屋に送り込むのである。被害者はタコ部屋で詐欺に従事することを強制され、拒否したり、あるいは“業績”が芳しくなかったりすると電気ショックや殴る蹴るなどの暴行を加えられるという。確かに提示された給料は与えられるのだが、「教育費」や「空調使用費」など多岐にわたるあり得ない額の金銭を差し引かれ、結局残るのは雀の涙ほどの小銭だけだ。辞めたいと言うと高額な「賠償金」、すなわち身代金を要求される。家族が身代金を払えないようならば他のタコ部屋に売られ、さらに身代金が高くなったり劣悪な環境下に置かれる可能性もある。ここまで聞くと一つの疑問が浮かび上がるだろう。「警察は何をしているのか?」と。

先ほど述べたようにラオスの金三角経済特区は基本的にラオス警察が介入出来ない。カンボジアは汚職が酷く、基本的に警察は犯罪組織とグルである。賄賂をもらって取り締まりをせずに放置するどころか、通報した人間の情報を犯罪組織に教えるのだ。ミャンマーはというと少数民族系の軍閥が支配している地域にそういったカジノ兼詐欺コルセンがあるために犯罪の取り締まりをする組織自体が存在しない。捕まったが最後、身代金を払えないならば一生囚われの身となるか怪我を負ったりや射殺されたりするリスクを恐れずに脱走するかのどちらかである。
米国政府系のメディア、ラジオ・フリー・アジア(RFA)が伝えるところによると、現時点で約700人ものマレーシア人がタコ部屋に監禁されているという。

被害はこれだけにとどまらない。同媒体によると、去年、ラオス警察が4,50人もの女性をタコ部屋から救出したが、まだ数百人が監禁されているという。

金三角経済特区は今年の8月に中華圏で大きく話題となった。香港・台湾の若者が求職詐欺の標的になっており、社会問題として大きくクローズアップされるたからである。殆どの事件はカンボジアのシハヌークビルで起こっていたが、勿論ラオスでも同様の事件が存在した。私が東南アジアにいる間、香港と台湾のメディアは連日にわたってこの詐欺の特集を組んでおり、香港や台湾のネットでは「命が惜しかったら東南アジアに行くな」と言われるほどであった。

台湾メディアのTVBSの報道によると、台湾の23歳の若者が良さげな求職案件を見かけて友人と一緒に飛行機で東南アジアに行ったところ、ラオスに連れて行かれて1年間ロマンス詐欺をする契約を結ばされたという。しかし毎日12時間ロマンス詐欺をして得られた給料は月給2500人民元(約5万円)だった。最初に家族を助けを求めて連絡をした時にはカンボジアにいたというが、2回も他の園区に売られ、ラオスにいることが発覚したのだという。50万台湾ドル(約230万円)の身代金を要求されていたが、ラオスの台湾人ビジネスマンが代わりに身代金36万台湾(約165万円)ドルを支払ってくれたため無事帰国できたそうだ。


これらのニュースは予め知っていたが、ラオスの欲望渦巻く中国人の「国」は実際に見てみないとわからないものであろう。ボートを降り、想像を膨らませながらややワクワクした気持ちで出入国施設へと向かった。


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