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01.神話の塔を臨む

村に攻め入るモンスターの大群……
「私はアバ様にテンスの花を届けてきます!」
そう、燃えさかる炎の中へ駆け出す幼馴染。
「お兄ちゃんっ!」
振り返り、妹に手を伸ばすも遠く……

僕はその日、ひとりになった。

***

目覚めた時、僕は一筋の涙を流していた。
「勇者ちゃま、どうかなさいました?」
舌足らずな使用人が僕の顔を伺う。
「勇者じゃないってば…」
涙を拭いながら溢す言葉を拾い、使用人は胸を張る。
「いーえ!こんな舌足らずで仕事も出来ないぱーこを拾ってくだちゃった勇者ちゃまは、誰がなんといおうと勇者ちゃまなんです」
ぱーこ、本名をパルメという彼女が家へ来て一年が経つ。
彼女を連れてきた奴隷商人の女は、汚らしい毛むくじゃらの子どもよりも…と高貴なエルフをしきりに勧めていたが……本人も言うように、使用人としてはまるで役に立たないということをあの女も知っていたのかもしれない。
彼女を引き取ったのは一応の理由はある。
伸びきった髪を整えれば「汚らしい」と蔑まれた面影も消え、彼女はーー離れてしまった妹に生き写しの姿になった。
「ところでぱーこ。何故、寝室へ?」
声を掛けるとぱーこはあっと思い出したように手を叩く。
「お客様でし!」

***

蔵書を開放しているホールへ向かうと、見慣れた赤髪の女がカフェスペースで紅茶をすすっていた。
こちらに気付いた彼女は開口一番こう言った。
「アールグレイは好きじゃないんだって!」
……なんだか涙目になっていた。
「君のための討伐を誘いにきたのにこの仕打ちよ……ベルガモットの香り苦手なんやでぇ」
「え、うん?なんかごめん」
「昔、マンガで見た『嫌いな客にホットのアールグレイ飲ませる』って話思い出したわ……」
「それ紅茶は好きな飲み方したらいいってオチの話でしょ?」
紅茶一杯でこんなにもクダを巻ける人物を僕は他には知らない。
彼女は通称「赤髪」。本名は誰も知らない。
近くに大きな家を構えてはいるが、旅芸人をしているらしく、その家には使用人が数人いるだけのようだ。
「そんなことより、今日はどこに?」
彼女は「そんなことではない」という顔をしながらも砂漠地帯の地図を広げた。
「おたからさがし」

***

パンサーに跨り砂漠を疾走した先にあった塔は雲を突き抜け伸びていた。
「天まで届いて…まるで……」
「観覧車やな」
真顔で続ける赤髪の発言を無視し、塔へ近寄る。
「阪急エンターテイメントパーックッ!!」
後ろで、赤髪は謎の言葉を発している。
「まるで、かの神話の塔……ですよね」
声に振り向くと、トレジャーハンター風の男が立っていた。
「イチさん、お久しぶりです!クロノです!」
「クロノくん?半年ぶり?」
友人のクロノは赤髪を先輩と慕う男の子だ(何の先輩後輩なのかは怖くて聞けないが)。スラッとしていかにもモテそうな出で立ちをしている。
「神の門…なのかどうかはわからないけどさ、噂では錬金術に関する文献がたくさんあるんだ」
自分の世界から帰ってきた赤髪が塔を見上げながら呟く。
「イッちゃんの妹さん、錬金術師だったんでしょ?もしかしたらここのどこかにいるかもしれないなって思って」
「てっぺん見えないですけどね。でも、おともしますよ!」
二人はそうこちらに微笑みかけてくれたが、僕は知っている。
彼女はここにはいない。
彼女は時を渡り、何処かへ旅立ってしまったのだ。
過去なのか、未来なのか…夢の中、別れの言葉と共に渡された「忘れ物」は今、僕の手の中に握られている。


【お話の補足(蛇足)】
嫌いな客にホットのアールグレイ飲ませる
マンガ『紅茶王子』で作者に寄せられた「昔読んだ小説では…」という手紙。詳しくは2巻を参照。赤髪の人は紅茶好きなのにホットでもアイスでもアールグレイは飲めない。
因みに「オレンジペコは紅茶の種類ではない論争」はアールグレイの妹だし上から2番目の葉ってことじゃね?と解釈しているのですがどうなんでしょうか。

観覧車(阪急エンターテイメントパーク)
大阪梅田のHEP FIVEの7階から生える観覧車。その昔しゃかりき頑張ってた人達の「天まで届くぞ 観覧車 それがあるのはHEP FIVE」というフレーズの漫才ネタがあった。

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