大人の男⑤

食事で、というよりも

様々な感情で胸がいっぱいだった。


「ご馳走さまでした。今日は本当にありがとうございました。」

と、お礼をした。

「また、機会があれば会いましょう」

彼が言った。


それから10年以上経つが、一度も会っていない。


一度だけ、

就職活動の結果報告をメールした。

採用されたことを伝えると、

「良かったね、あそこは大きい会社だから大変だと思うけど、頑張って。」

と、応援された。


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就職氷河期だった。

80社近く受けて、合格したのは洋服と服飾雑貨を扱う小売業の大手メーカーだけだった。


採用者が本社に一堂に集まる場で、

「うちは“アパレル業“ではありません。“小売業“です!」

と、代表から念入りに説明を受けた。


そう。


アパレルを扱う“小売業”なのだ。

「お洋服に対する愛」よりも、「お洋服をいかにたくさん売るか」が大事なのだった。


全国に店舗を構えるその会社の

その年の採用者数は、確か100人近かったと思う。


私は100人のうちの1人だった。


いつ辞めても良い人材だった。

個性なんて求められていなかった。


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初めての「社会」、初めての「仕事」、初めての「人間関係」。

何もかも初めてで、戸惑った。


扱っているものは大好きなお洋服だったが、全くテイストが違った。


「“尋常じゃないくらい可愛い“お洋服」が好きで、

それ以外のお洋服にあまり興味がなかった私に

それらを販売することは難しかった。


ワンダフルワールドと同様に、高価だった。

高価な服を販売するには、それ相応の接客が必要だ。


洋服に対する「愛」や「情熱」、「知識」と「技術」のある接客が、

お客様の心を動かし、お買い上げいただけるものなのだ。


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アウェーな場所だったが、それでも私は頑張った。

「お洋服」に囲まれていられるだけで幸せだったから。


自社商品の良さが分かり始め、

なんとか知識や技術や処世術が身について慣れてきた頃、

「やはりここは、私のいる場所では無い」と思って辞めた。


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再就職先は、新卒のときに最終面接まで行ったアパレルメーカーだった。

運よく中途採用してもらえたのだ。


行きたかった会社のひとつだった。


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