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最終学歴:ファッション系、ブランドについて語る

「ファッションブランド」というと、どういうイメージが浮かぶだろうか。
パリなどのコレクションでモデルさんに奇抜な格好をさせ、ドヤ顔でインタビューを受けコンセプトの解説をしているデザイナーさんやアートディレクターさん、そんなイメージだろうか。
実際、いくら彼らがランウェイでアイデアを爆発させても、それが売られる(受動)・売れる(可能)とは限らないのだ。ランウェイでの服は車で言うコンセプトカーのようなもので、そのシーズンのブランドの方向性を示しているにすぎない。

ブランドものの服が高い理由について述べよう。
まずはデザイン性だ。ブランドにはそれぞれ世界観があり、そのために場所を選んでCMを打ったり(VOGUEや装苑などの個性派ファッション雑誌が多い)、Youtubeに広告を打つだけでなくわざわざ長めのプロモーション動画をブランドのチャンネルにアップロードしたりしている。ただ服を売るだけなら、長いプロモーション動画などなくたっていいはずである。なのに何故彼らは広告を打ち、CEOやデザイナーの交代が大きなニュースとなりうるのか?

これらはブランドが提供する世界観を構成する大きな要素なのである。デザイナーが変われば、同じテーマでもデザインにおいて表現する手段が変わる。


次に明確に区別できるのは、服の縫製の質であろう。素材はパッと見ではわかりづらいが、縫製は比較的わかりやすい。一般的に安価な服になるほど縫い代幅が狭くなり、縫い目も粗くなる。
またその前段階であるパターンメーキングについても同様のことが言える。高い服は人体の複雑な構造に合わせて立体的にパターン(型紙)が作成されている。トワルを何度も組み、パターンの修正を時間をかけて行えるからこその技術である。また緻密なサイズ調整は、ターゲット層を絞り、その層によりフィットした構造になるように設計されている。
比較的安い服は平面的なパターンメーキングが行われ、購買ターゲット層も広く取られている。早い話若者から御年寄まで同じ服が着られるのである。


ここで持論をブチかます。
私は、「ブランドものを身につけるより、身につけているものがブランドものに見えるような振る舞いが大切」だと考えている。

高い服を着ると、街中の少し汚れたベンチに座ったり、うっかり転んだりできない。繊細な素材の場合は1回着ただけでよれてしまったり破けてしまったりするものもある。素材や構造上の理由で家で洗濯ができないものも多い。私が自分で服を作る時に一番気をつけているのは「家で洗えること」である。その訳は、学生時代の実習で作ったウールのコートが、洗濯タグがないためにクリーニングを断られるケースが頻発したためだ。高い服を着て思うように動けないよりは、安くても自分に本当に合ったものを着てバリバリ動きたいと思っている。

大切なのは飾りではなく中身だと、精神が子どもの癖に一端のことを言ってみた。私自身は何も中身がないくせに、である。

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