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L (114)

サミュエルエルジャクソンと口に出して呟いた刹那、サミュエルエルジャクソンの顔を思い出すより先に、サミュエルとジャクソンの間に挟まるエルにふと気を奪われた。調べてみたらなんてことなく、エルはミドルネームのLであり正式にはリロイなので、真本名はサミュエル・リロイ・ジャクソンであった。それにしても何故にサミュエルエルジャクソンと呟いたのか。サミュエルエルジャクソンの映画を見た後に、サミュエルエルジャクソンと呟いたのなら理解出来るが、ここ最近サミュエルエルジャクソンの映画を観た記憶はないし、特段サミュエルエルジャクソンのファンでもない。そればかりか過去を振り返ってもサミュエルエルジャクソンの出演する作品を一心不乱に見続けた経験もない。ただ何となく記憶にあるのは、テレビのロードショーのCMで流れたであろう“出演はサミュエルエルジャクソン“という音声だけである。一体何の映画のCMだったのだろうか。

完全記憶能力なるものがある。経験した全てを映像で記憶し忘れることが出来ない。アニメや漫画に度々登場する能力で、嘘のようだが実在するものらしい。なかには生まれてすぐの頃の記憶を鮮明に覚えている人もいるそうだ。もしそんな能力があれば、サミュエルエルジャクソンの何の映画のCMだったのかがわかるだろうし、サミュエルエルジャクソンは大概主役ではなく助演なので、主演が誰だったのかも思い出せるのだろう。そしてそれだけでなく、もしかしたら記憶の、もしくは思考のどのパターンから脳がサミュエルエルジャクソンというワードを思い付き、ニューロンだかインパルスだかシナプスだかわからない何らかの神経伝達物質や電気信号を出して、口からサミュエルエルジャクソンと呟けと命令したかの理由もわかるのかもしれない。

脳科学では記憶と思考は表裏一体であるそうだ。記憶が伴わなければ思考が出来ず、思考が伴わない記憶は脳に定着しないそうだ。この辺りの難しい話については、脳科学専門の方でないとわからないが、“出演はサミュエルエルジャクソン“という音声が記憶の何処かに定着している理由は、その音声を聞いた時に何らかの思考をしたからなのだろう。例えば“サミュエルエルジャクソンって誰だろう“や、“サミュエルエルジャクソンってこんな顔だったんだ“や、“またサミュエルエルジャクソンか“などのように。

どうでも良いことを覚えていることがある。そのくせ大事なことを忘れたりもする。どうでもいいことが本当にどうでもいいことなのか、大事なことは今本当に大事なことなのか。もしかしたらその時々によって変動する場合もある。恐らく筆者の記憶にある“出演はサミュエルエルジャクソン“の音声の映画は、「交渉人」もしくは「パルプフィクション」であろう。根拠はない。因みに「交渉人」については、おすぎがCMで“交渉人、見なさい“と言っていたのを記憶しているが、本当にそんなCMがあったかどうかは定かではない。

この連載は±3落語会事務局のウェブサイトにて掲載されているものです。 https://pm3rakugo.jimdofree.com