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ビアンカ (36)

 タイムマシンで過去に戻ったとしても、記憶まで過去に戻ったとしたら、結局同じ選択肢を選ぶのではないだろうか。記憶はその人を形成する要素の一つである。そう、一つ。その人を形成しているのは記憶のみにあらず、元々の性格やらなんやらと水となんやらかんやらがある。つまり例え記憶まで過去に戻らなくても、記憶以外の大部分が過去に戻るならば、また同じ選択をする確率が高いようにも思うがどうだろう。人間の行動は記憶や記録のみに左右されはしない、その時々の感情に任せて動くことが多々ある。ともすれば例えタイムマシンで過去に戻ったとしても、その時の選択肢が増えていない限り、また同じ選択をするはずだ。しかし、そこに新たな、別の選択肢が生まれた場合は全く話が違ってくる。本日はその点についてゆっくり煮込んでいきたい。
そう、題目は『ビアンカ』である。

 ビアンカとはドラゴンクエストⅤ天空の花嫁(※以下ドラクエⅤと表記)のメインヒロインである。ドラクエⅤは家庭用ゲームドラゴンクエストシリーズ史上最高の傑作であり、なんといっても最大の魅力は親子三代に渡る壮大な物語である。我々プレイヤーは時に喜び、時に涙を流しながら、主人公と共に世界を冒険するのだ。そしてその物語最大のイベントが結婚である。主人公兼プレイヤーは結婚相手を二人の中から選ぶのだ。選ぶ、、、なんと贅沢な。相手は幼馴染で少しお姉さんなビアンカとお金持ちで清楚なお嬢様であるフローラ、、、贅沢過ぎる。ビアンカは主人公が少年の頃、一緒に冒険をした思い出もあり、公式でもメインヒロインとしてある。田舎のお父さんは患っており、かなり貧乏している。対するフローラは冒険途中に急に出てくるが、親が金持ちなので嫁にすると様々な恩恵があり、その上ビアンカよりも強いと良いこと尽くめなのである。どちらを嫁に迎えるか、少年の頃初めてドラクエⅤをプレイした時、選んだのはビアンカであった。当然である。お父さん患ってるし、なんか大変だし、幼い頃の思い出もあるのだから。しかし、ここでどちらを選ぶのが正義かを論するのは、様々な戦争を生むことになるので控えたい。問題は二回目のプレイである。

 もし人生が二度あれば、いや魅力的な選択肢が二つあれば、両方を試したいと思うのは、人間の止まらない好奇心を考えると、ごく自然なことだろう。人生の伴侶であるビアンカと共に魔王を倒し、感動のエンディングを迎えた後に思うのは、ビアンカへの最大の感謝である。しかし、と同時に、フローラと一緒だとどういう旅になっただろうと考える。ビアンカを選ばなきゃ正義じゃないと言いつつも、クリアした後はゲームだからフローラでも良いじゃないかと、自らの考えを正当化させる。そして、次プレイする時は”フローラを嫁に迎えよう”となるのだ。果たして次にプレイするのはいつになるのか、そんなことも考えず”次はフローラ”と誓うのだ。その内ドラクエⅤのことも忘れ、ビアンカのこともフローラのことも、全てが過去の思い出となる。壮大な冒険をした記憶だけが残るのだ。さぁ、恐ろいのはここからである。

 何年か経ちドラクエⅤの面白かった記憶や思い出がふと蘇る。久しぶりにやってみよう、そうだ、前回はビアンカを嫁にしたので今回はフローラにしようと思いながらプレイを始めるのである。物語が進んでいき主人公に感情移入していく。待ちに待った最大のイベント結婚、フローラを選ぼうと思っても、なかなか決心がつかない。ビアンカの病気のお父さんが心配だし、何より結婚前夜眠れず夜風にあたるビアンカの姿が目に焼きついて離れない。またプレイヤーとしても過去にビアンカと迎えたエンディングを忘れられない。結局、フローラを選ぶことが出来ないのだ。再びビアンカでエンディングを迎えた時に、思うのは感動と共にフローラのことである。”次はフローラ”と思いながら、楽しかった思い出だけ残し、またドラクエⅤを忘れていくのだ。しかし、以降三回目にプレイしても四回目にプレイしてもビアンカなのである。そう、一回目でビアンカを嫁にしたプレイヤーは、どうやってもフローラを選ぶことが出来ないのだ。もはや、呪いである。プレイヤーはビアンカに呪いの呪文”次はフローラ”をかけられているのである。終いにはフローラを選べない性格なのだと自分を責めるまで至る。”次はフローラ”はドラクエⅤ最大の呪文なのである。

 文章が長くなってしまった。こんなに長くなるとは思わなかったが結論を言おう。呪いは解けた。初めに書いた通り選択肢が一つ増えたのだ。リメイク版の登場で主人公の嫁候補にビアンカとフローラだけでなくもう一人、デボラという新キャラが加わったのだ。選択肢が増えることによりビアンカ以外を選びやすくなった。デボラは幼馴染でも清楚なお嬢様キャラでもない、引くくらいのドSなのだ。”ゲームとして面白いからデボラを選ぼう”と、ゲームであることを強調させてくれるキャラなのだ。結婚イベントでデボラを選ぶと、ビアンカもフローラもキョトンとした感じになる。ビアンカの方は”あれ?あたしかフローラじゃないの?”となり、フローラの方も”あれ?あたしかビアンカじゃないの?”というような雰囲気になる。町の人達も”え?デボラなの?”となり、とにかくゲームとして面白いのである。当然物語を進めていくとただドSなだけではなく、デボラの人となりがわかってくる。デボラも良いな強いしとなるが、デボラの一番の凄さはそんなところでなはない。初めにビアンカを選んだプレイヤーを、ビアンカから解き放たせてくれることである。エンディングを迎えた時、ビアンカの呪いを解いてくれたデボラへの感謝は幾らしても足りないくらいである。

 誰かが言った。人生は選択の連続であると。バニラとチョコのアイスが目の前にあったとして、最初にバニラを選んだとする。それがもの凄い美味しくて激しく記憶に残った場合、もし過去に戻ってもまたバニラを選ぶ。何度繰り返しても変わらないのだ。しかし、そこに新たな選択肢ストロベリーが増えたとしたら、ストロベリーを選べるようになる。結果、ストロベリーも美味しいじゃないか、よし次はチョコにしてみようとこうなるのだ。初めに選んだ選択とそれから生まれる思い出というのは重要なものなのである。長い年月を経てビアンカから解き放たれた今、とても清々しい気持ちでいっぱいである。一度離れたことでもうビアンカ以外を選ぶことに何の罪悪感も感じない。とはいえ、ドラクエⅤをこんなにも心に残る作品にしてくれたビアンカにはやはり感謝しかない。ビアンカよ、本当にありがとう。さて、長くなってしまった。次にプレイするのは何年後になるか、またの冒険を楽しみにしながら、この文章を終えようと思う。”次はフローラ”で。

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志ら乃と〇〇 #8志ら乃と談吉
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この連載は±3落語会事務局のウェブサイトにて掲載されているものです。 https://pm3rakugo.jimdofree.com