愛した理由

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それは確かに愛でした

このnoteは恋人とお別れをしてすぐの頃に書き出して、だけどなかなか出せなくて1ヶ月くらい寝かせてしまったものです。 私の今の気持ちはこの頃とはまた少し違うけれど、これを書いた私も確かに居るから、ここに残しておこうと思います。 不格好で拙い文章だとは思いますが、良かったら最後までお付き合い下さい。 「別れてください」 ください、と打ち込む前に涙が溢れた。 私たちの恋はどうやら奇跡でも運命でもなかったらしく、夏のはじまりに呆気なく終わりを迎えた。 自分のことをもう嫌いに

    • 雨上がりのキスをきみに

      梅雨はわたしが生まれた季節で、みんなから最も疎まれている季節。 だけどここにいると梅雨が好きだよと言ってくれる人がたくさんいて、私はなぜだか勝手に認められたような気持ちになりながらベッドの上で雨音を聞いている。 恋人と出会ってから2年と2ヶ月が過ぎて、 最近は喧嘩をすることもあまりなくなって、 それでもすれ違うことはやっぱりあって、 そういう縺れのようなものに時々嫌気が差したりするけれど、でもやっぱり恋人と笑い合える毎日は少し幸せだなと思う。 私は人付き合いが苦手

      • 拝啓、未来

        肌を切るような冷たい風がスカートから伸びているふくらはぎを掠めて、思わず身をすくめる2月。まだまだ寒い日は続くようで、昨日なんて雪が降っていた。風のない日だった。ゆらゆらと空からゆっくり雪が舞い降りてくるものだからつい見とれていたら、「なにしてんの」と友達にどつかれた。 そんな、毎日。 うちのクラスの担任は仕事ができない。自分がやらなければいけないことを委員長に押し付けるし、自分が配り忘れていた提出期限間近のプリントを「明日出せ!必ずだぞ!」と押し付ける。先生のくせに報連

        • おおきいばあちゃん

          曾祖母が亡くなった。103歳、老衰だった。 上品な着物を着せられて横たわる曾祖母は本当に眠っているみたいで、そのまま見ているとパチリと目を開けて「もう来たんか」と驚いた顔をしそうだった。 曾祖母に関するいちばん古い記憶は、庭で水遊びをして怒られたものだった。 曾祖母は厳しい人だったという。私が物心ついた時にはもう80を超えていたけれど、しゃんと背筋の伸びた人、というイメージだった。 曾孫の前でよく笑う人だった。私はよく怒られたけれど、きっと可愛がってくれていたと思う。 妹

        それは確かに愛でした

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        • わたし
          2本
        • 3本

        記事

          「考えすぎの私」と「考えなさすぎの恋人」

          「貴方は考えすぎ」 恋人によく言われる言葉。 私は昔から空想が好きな女の子だった。 お菓子のお城、可愛いドレスを着た私、白馬に乗った王子様。 甘い妄想はどこまでも膨らんで、人の話を全く聞かずに怒られることも多々あった。 自分はきっと少女漫画の主人公みたいにイケメンなヒーローに一途に溺愛されるんだと、そう信じて疑わなかった。 それから数年で、私の夢は見事にぶち壊された。 自分を駒としか思っていなかった友達、元カノを忘れるために私を利用した男、可哀想な自分が大好きな男、価値の

          「考えすぎの私」と「考えなさすぎの恋人」

          Prolog

          いつ死ぬか分からないから、遺書を書いておけ。 そう言ったのはずっと昔に推していた配信者で、好きすぎて駄目になりそうだったから降りた。 あれから1年が経っても、彼のことをたまに思い出す。まだ生きているだろうか、歌っているだろうか、世界をふるわせ続けているだろうか。検索欄に名前を打てば彼の生存確認は簡単に出来て、それが何だか悔しかった。 今の私に、死ぬ予定は無い。昔はあった。18になったら1人静かに死のうと思っていた。人に話せるような不幸も無くて、周りの人間にも家庭環境にも恵ま