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Prolog

いつ死ぬか分からないから、遺書を書いておけ。
そう言ったのはずっと昔に推していた配信者で、好きすぎて駄目になりそうだったから降りた。
あれから1年が経っても、彼のことをたまに思い出す。まだ生きているだろうか、歌っているだろうか、世界をふるわせ続けているだろうか。検索欄に名前を打てば彼の生存確認は簡単に出来て、それが何だか悔しかった。

今の私に、死ぬ予定は無い。昔はあった。18になったら1人静かに死のうと思っていた。人に話せるような不幸も無くて、周りの人間にも家庭環境にも恵まれていて、毎日3食ご飯が食べられる。

だけど、誰にとっての1番でもない。

父も母も内気で塞ぎ込みがちな妹に付きっきりで私を明るくて悩み事のない元気な子だと信じきって疑わなかった。

友達は居たけど、部活の友達はみんな他に「一番」が居た。私にも「一番」は居たけど、その子は「1番である」ということに固執して私自身を見てくれることは無かった。「親友だ」と何度も何度も壊れたおもちゃみたいに口にしていた彼女を、どうしても親友だとは思えなかった。

恋人も居た。トランスジェンダーの同性だった。
彼女、いや彼は、私のことが本当に好きだったと思う。高校を卒業したら一緒に東京に出ようと言ってくれた。2人で遠く知らないところへ逃げてしまおう、と。
幼くて馬鹿な中学生の私は、そんな甘い言葉に惑わされて夢見心地で頷いた。
その時の私にはもう、彼しかいなかった。
彼が生きる理由だった。

その数ヶ月後、「好きか分からなくなった」と彼の口から告げられた時、漠然と死を予感した。
びっくりするくらい涙も出なくて、普通に笑えて、家族とも話せて、塞ぎ込むことも無くて。
だけどその日のご飯は味がしなかった。

私に残ったのは、不登校になった妹に悪戦苦闘する両親と、「親友」だなんて薄っぺらい言葉で私を縛る友達と、彼に振られる前に合格した高校の入学届だけだった。

これは私の生きる遺書だ。
死ぬ予定は無い。
私の隣にいる大切な人たちに向けた、遺書。

こんな私にも生きてていいんだって思わせてくれた人たちへ。私自身へ。そして、今これを読んでいる顔も知らない貴方へ。
どうか、私の生きた証を、見届けてほしい。

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