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SF名作を読もう!(19)『侍女の物語』

本日ご紹介する名作というか傑作はこちら。マーガレット・アトウッド著『侍女の物語』です。

これをSF小説と言っていいのか、という声は確かにあるでしょう。アトウッド女史自身は決してSF作家ではありません。詩人であり小説家です。しかしこの小説に関して言えば、SFとして紹介されることが多いでしょう。それがこの小説にとっていいことなのか悪いことなのかはわかりません。いい点としてはSFファンにもこれが届くということと、SFはジャンルとしてファン層が厚いので、結果的にこの本を読む人が増えるという点が挙げられます。しかし、悪い点は逆に「どうせSFでしょ」と思われて読まれない可能性があるという点です。

この「どうせSFでしょ」という声に対して声を上げるためにもこの記事では敢えてこれをSFとして取り上げます。そしてそれは「どうせ女性でしょ」という声に対する声としてのこの本のメッセージと通じます。内容については触れませんが、とにかく痛切です。痛くて切ない、しかし読むことをやめられない。なぜなら「これを読んでくれ」「この声を聴いてくれ」というのがこの本のメッセージだからです。

そして「この本を読んでくれ」「この声を聴いてくれ」、というメッセージをより切実に伝えるためにSF的手法が使われています。いわゆるディストピア的な世界を描いているという点でこの小説はSF小説のジャンルに入れられることが多いのですが、個人的にはそうではなく、その仕掛けの部分こそがSF的だと思います。最後の最後で「注釈」としてその仕掛けは明かされるのですが、ここで「なるほど」、と思わせられるとともに、この語りなのか手紙なのか日記なのかよくわからないが不思議な魅力を持った文体の謎も解けます。そして同時に、その文章があまりにも美しく文学的なために、これを書いている作家自身、アトウッド自身の影もそこに投影されてきます。つまりは女性の声です。小説上に登場する女性の声だけではなく、ここにはすべての女性の声が重ねられています。小説上の書き手、語り手の本当の名前はこの本では一切出てきません。タイトル通り、この書き手、語り手は匿名の「侍女」です。「侍女」、原題での「handmaid」とは、「貴人の側、王族・貴族または上流階級の婦人に個人的に仕えて雑用や身辺の世話をする女性」のことです。つまりすべての女性は「侍女」「handmaid」なのではないかとこの本は訴えているのです。「侍女の物語」はあなたたち女性、そしてわたしたち女性の物語なのだと。そして現代において、この「侍女」の概念はいわゆる女性に限らず、他の様々な存在にも当てはめることができるでしょう。つまりはこの物語は私たち全員の物語なのです。だからこそ痛切で切実なのです。

なお、この作品は1985年の作品ですが、30年以上の時を経た2019年にアトウッドはこの作品の続編である『誓願』を発表し、ブッカー賞を受賞しているそうです。まだ読んでいませんが、文庫版の登場が待たれます。それを待つためにも、まだ未読の人は是非この『侍女の物語』をお読みください。心を打つ名作とはまさにこのような作品のことです。


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