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56. 紹介する順番が逆だった。ちあきなおみ氏の(非公認)ベストアルバム『微吟』

前回、永遠の歌姫、ちあきなおみ氏の隠れた名作3作を紹介したが、紹介する順番が逆だっただろう。まずはその「ベスト」を紹介する必要があるのだが、ご存じのようにちあき氏は最愛のご主人の死を機に一線を退いてしまったため、ご本人が「これがベスト」と選んだ作品集は存在しない。よって、残された人たちが「これぞベスト」という作品集を作るしかないのだが、それがこのアルバム『微吟』(と書いて「ビギン」と読む)である。

もちろん、傑作「黄昏のビギン」(といってもちあき氏のはあくまでカバーであるが)からの『微吟』なのだが、「なるほど!」としか言いようのないアルバムタイトルである。そう、ちあき氏の歌は、まさに微妙に吟じているのである。「吟じる」とはもともと詩歌を読み上げるときに使われていたように、言葉に言葉以上の要素をかぶせることである。当然「歌」もその一つである。しかし、「歌」は「歌がうまい、歌が下手」と言われるように、音程にその重点が置かれてしまっている。一方「吟じる」はそうではない。「吟じる」においては音程もその一要素に過ぎないのである。「吟じる」のがうまい人は音程を取るのがうまいに留まらず、それをさらに崩すこともできるのである。しかし、一方で「吟じる」ことをしすぎてしまうと、それはそれで魅力的ではあるが、ある意味「クセが強い」ともなりかねない。そしてまさその微妙なバランスに達しているのがちあきなおみ氏なのである。それはとにかくこのアルバムを聴いてもらえばご納得いただけるであろう。

特にお薦めなのは中盤から終盤までのの「朝日のあたる家(朝日楼)」「ねえあんた」「夜に急ぐ人」「祭りの花を買いに行く」「かもめの街」「嘘は罪」「黄昏のビギン」「喝采」「赤い花」「そ・れ・じゃ・ネ」といった作品群である。前半でマインドセット(心の準備)をさせておいて、後半でそれを確たるものにさせていくという意味でも、このベスト盤の構成は完璧である(しかもライブ盤の方がいいと判断された場合は躊躇なく音源版=スタジオ録音盤ではなく、ライブ版のほうを入れている)。とにかくお薦めとしか言いようがない。「ちあきなおみってなんか演歌の人でしょ」と思っている人にこそ、是非、聞いてもらいたいアルバムである。ちあきなおみ氏は(そして以前本マガジンで紹介した八代亜紀氏などは)決して演歌の人=失礼ながら一般的なイメージでの「古い人」ではない。ちあきなおみ氏(そして八代亜紀氏)は歌の人なのである。また、このアルバムを聴き込めば、というか一回聴いただけでも、「歌」とは決して歌手が歌う部分だけではなく、それ以外の演奏家の演奏も含めてのことであることもご理解いただけるであろう。この時代、基本的にレコーディングは今と違い生演奏であった(もちろん演奏を先にとって歌を後で入れるという技術は既にできていたであろうが、今のように音源はPC等で作成ということはなく、あくまで演奏は生バンドが演奏していた)。生バンドと生声であることの意味と迫力。それは今の時代のいわゆるボカロP達でも理解できるであろう。というか逆に言えばボカロP達はどうすればこれを超えることができるか考えなければいけないのである。そう、その意味で決してこのアルバムは過去の「懐かし」アルバムではない。「今の時代、今の音楽家はじゃあ、どうするの。どうするつもりなの」という問いを突き付けてくるアルバムでもある。そしてその意味でも、我々今の時代に生きている人間が聴き、それを今の時代に置いて取り込まなけれならない作品なのである。


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