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9mmが所属レーベル最後に出したアルバムを聞いて思ったこと

皆さんは、邦楽ロックバンド9mm Parabellum Bullet(キューミリ・パラベラム・バレット、以下9mm)のアルバムを聞いたことがありますか。9mmは現時点で9枚のオリジナルのフルアルバム、2枚のミニアルバムを発表しました。2007年からのメジャーデビュー以降、9枚のオリジナルのフルアルバムが出ました。バンド名にひっかけているわけではありません。
9mmのオリジナルアルバムに収録されているアルバム曲は、ボーカリスト兼ギタリストの菅原卓郎(以下卓郎)の作詞、ギタリストの滝善充(以下滝)が作曲するだけではなく、ベーシストの中村和彦(以下和彦)、ドラマーのかみじょうちひろ(以下ちひろ)が、作詞と作曲を担当したものがあります。

今回の記事は、2023年6月26日で発売10周年を迎える、『Dawning』(ドーニング)について、書きます。英語で「夜明けのなか」を意味する、このアルバムは9mmにとって、転換点と成熟した作品です。収録シングル曲は、『Answer And Answer』、『ハートに火をつけて』です。両方とも、9mmの代表曲です。

『Dawning』(2013年)

このアルバムについて、9mmファンから以下の反応がありました。

「圧倒的名盤」
「成熟した演奏と歌声で、良質な楽曲がそろっている」
「歌謡曲の作風と邦楽ギターロックの進歩がそろった、良いバランスを持った作品」
「もっと評価されるべきアルバムだと思う」

アルバムについて9mmファンからの反応

9mmファンの間では、素晴らしい作品だと評価が高いです。一方、素晴らしい作品なのに、もっと存在を広めてほしいと願っているファンがいます。このアルバムは発売当時、ある状況で存在が隠れてしまったのです。
この記事では、9mmの『Dawning』を99周も聞いて、ブリの独自研究、ブリが感じたこと、おもしろいところ、初めて9mmを聞く人におすすめしたい理由もまとめました。歌詞については、さまざまな解釈がありますが、あくまでも一例として受け取ってください。


★アイドルブーム中に隠れた邦楽ロックの転換点

9mmがアルバムを発売した2013年当時、邦楽ロック界は変わりました。2000年代のギターロック主流の流行から、2010年代はキーボードやDJが中心のバンドが増えて、変わり始めました。9mmの活躍のなか、多くのバンドたちが盛り上がってきました。9mmと同世代のバンド、UNISON SQUARE GARDEN(ユニゾン)、back number(バクナン)がヒットに恵まれない日々を乗り越えて、知名度とヒット曲を上げてきました。

後輩のバンドたちも盛り上がりました。MAN WITH A MISSION(マンウィズ)、SEKAI NO OWARI(セカオワ)、Fear, and Loathing in Las Vegas(ベガス)といった、ギターロックにとらわれず、積極的にダンスミュージックを取り入れた、オルタナティブロック作風のバンドたちが増えました。KANA-BOON(カナブーン)、BABY METAL(ベビメタ)といった、ギターロック中心のバンドたちも活躍してきました。そして、後に日本を代表するロックバンドとなった、ONE OK ROCK(ワンオク)が日本国内で名を高めてきました。

新たなバンドたちが増え、音楽作風が多彩に変化し、邦楽ロック界は加熱してきました。しかし、ロックバンドの存在は、AKB48、嵐を中心としたアイドルブームに隠れました。アイドルに偏った市場ゆえに、売上ランキングも、メディア媒体も、何もかもアイドルに押されてしまいました。アイドルの作品はミリオンセラーになり、バンドたちの作品は高い評価と違い、低い売上でした。
CDが売れない不況の一方で、音楽ダウンロード配信は次第に広がってきました。ただ、CD売上に依存した邦楽界は変わりませんでした。一方、ライブコンサート市場は順調に上昇していました。ロックバンドたちが集まるロックフェスは、動員数が上がっていました。

2013年当時の邦楽ロック界の様子図

新しい変化へ加熱する邦楽ロック界で生きる、9mmは新しいバンドたちにロックフェスで会いました。ついに、9mm自身にも転換点が来ました。2004年の結成から9年経ったバンドは、中堅の立ち位置になりました。大学の音楽サークルから始めた演奏は、メジャーデビュー以降に経験値をためて、楽曲のセルフプロデュースを行い、プロの腕へ向上しました。数々の代表曲を発表し、全国のライブハウスツアー、武道館やアリーナライブを行い、良い業績を持ちました。9mmは、彼らがインディーズ時代からいる所属事務所、残響レコード(以下残響)とのズレが来ました。残響は、所属バンドたちが次々とメジャーシーンに移り、残響には目立った人材がいなくなりました。

残響にとって、決定的な問題になったのは、邦楽ロック界の変化と、音楽CD不況でした。残響は、CD売上に依存していたため、もはや9mmでも、他バンドの売上でも、まかないきれないものでした。残響が宣伝していた、ギターロック主流のバンドたちは注目されなくなりました。もし、このまま9mmが残響に所属し続けたら、事務所とともに、バンド活動が限界に来てもおかしくないのです。9mmは、自立を決意することになりました。彼らの独立は、バンドの自立心の芽生えで、バンドが初心に戻るため、所属事務所への感謝のために、行いました。
(9mmが事務所独立した理由を考えた別記事はこちらからどうぞ)

残響レコードに押し寄せた、数々の問題図。

絶えず変わる邦楽界で、バンドたちは、音楽一筋でいられるわけにいかないのです。バンドが長く活動していくためには、楽曲の作風や演奏技術を向上するだけではなく、快適な運営環境を持たないといけないのです。自立心が芽生え始めた9mmは、新たなアルバムの制作を進めました。それが『Dawning』でした。


★成熟した演奏で仕上がった聞きやすい展開

9mmは2013年から事務所「Nonet」(ノネット)を立ち上げて、バンドは独立しました。2004年から2013年まで所属した、残響と別れました。2004年から2013年までに出た9mmの作品は、残響から発売されました。オリジナルアルバムでいうと、2007年の1枚目の『Termination』(ターミネーション)から、2013年の5枚目の『Dawning』までの期間にあたります。

ブリは、『Dawning』なるアルバムを聞いて、今までのアルバムとは違う雰囲気を感じました。それは、デビュー当時の9mmの作品と比べて、ごちゃごちゃとしたマスロックの作風が控えめで、歌詞を歌うメロディーと、演奏の一体感の迫力が増した気がしました。2013年当時の邦楽ロックといっても、電子音やダンスミュージックのメロディーは一切ありません。終始ギターロックの作風です。
ただ、洗練された演奏を聞かせるだけではなく、聞きやすい楽曲があります。9mmの楽曲が支持される理由は、聞きやすい歌声とメロディーです。ただ技術を見せたり、難易度の高い挑戦をするだけでなく、楽曲の聞きやすさ、邦楽ロックの王道メロディー、演奏を通してリスナーと楽しむことを大事にしています。ちひろは、楽曲の良さと、難易度の高さは、バランスが大事だと語りました。

僕らはプレイヤーだから演奏する楽しみを知っているし、難しいことをやりたがり症候群みたいなところがあると思うんですが。でも、こう言っちゃなんですけど、ミュージシャンズミュージシャンって、難しいことばかりやってるけど曲がよくないみたいなことがよくあるので。だから、基本的には難しさと曲のよさって比例しないと思っているんですが、このアルバムはそのバランスがすごく取れてると思いますね。

かみじょうちひろ、音楽ナタリーインタビューより(2013年)

『Dawning』というアルバム名には、9mmのポジティブな想いがこめられています。9mm自身にとって、影響を与えたのは、2011年3月11日の東日本大震災です。9mmの故郷である、東北地方が被災しました。震災の精神的衝撃は、9mmの作品に影響を与えました。9mmは震災後、チャリティーライブに参加していました。震災後の心境が、楽曲作りに与えたことを卓郎は語りました。

ポジティブなエネルギーを確かに感じられる言葉を乗せたいと思って。それを押し付けるのではなく、曲を演奏するバンドも、それを聴くリスナーも、お互い自然と沸き上がってくるような。

それはやっぱり震災後という意識が大きいですね。今でも大変な状況があることは変わらないし、多かれ少なかれ誰もがどこかでその影響を受けたり、体験をしていて。そのことを意識しながら、聴いた人がパワーの出るような音楽を生みたいと思ったときに、ただテンションが高いものではなく、音楽が堂々とリスナーに向かっていくようなものを作りたいなと思って。実際にどの曲も生き生きとしていたし、これなら前向きなパワーを込められるぞと思えたんですよね。

菅原卓郎、音楽ナタリーインタビューより(2013年)


★成長しても孤独に向き合う

シングル曲はもちろん、今までの9mmとは違う、深い表現をこめたアルバム曲は、優れたものがそろっています。
雷に打たれた主人公が見た、童話を交えた怪奇な世界で描いた『The Lighting』(ザ・ライトニング)。雷のようなツインギターの高まりがかっこいいです。コール&レスポンスで盛り上がる疾走感ある楽曲『Grasshopper』(グラスホッパー)。コーラスに9mmの同世代のバンド、the telephones(テレフォンズ)が参加しています。9mmのアルバムで唯一、他バンドが参加している作品です。

the telephones(ザ・テレフォンズ)、2005年から活動しているロックバンド。
9mmの楽曲にコーラスで参加した。9mmと同世代で、対バンで交流している。

冬の情景と渡り鳥に重ねた失恋の歌謡曲風ロック曲『シベリアンバード ~涙の渡り鳥~』、踊り子の忙しい日々を描くタンゴ風ロック『Scarlet Shoes』(スカーレット・シューズ)、手紙のあいさつから始まり、童謡から引用した歌詞で描いた恋愛スローロックバラード『コスモス』、西部劇のテーマのような懐かしいメロディーを奏でるギターインスト曲『Wild West Mustang』(ワイルド・ウエスト・ムスタング)。邦楽で伝わる歌謡曲の伝統と、重厚なツインギターの邦楽ロックが重なった世界観です。

馬のムスタング。滝いわく、楽曲の意味とは関係なく、
言葉の響きの良さで曲名を付けた。

卓郎と滝だけではなく、他のメンバーたちによる楽曲も、今までにない世界観を表現しています。ちひろ作詞作曲で、ダンスパーティーの夜の浮遊感をドラムの響きで表現したフュージョン風ロック『Zero Gravity』(ゼロ・グラビティー)。和彦作曲で、退屈な生活で胸騒ぎがおさまらない主人公を描き、8ビートのロックを奏でる『Caution!!』(コーション)。9mmメンバーの個性が表現されています。ちなみに、卓郎は作詞に時間がかかったので、作曲をしませんでした。

9mmの歌詞で、終始変わらないテーマがあります。それは「孤独」です。数々のシングル曲、アルバム曲でも、「孤独」を軸に描かれています。
孤独に生きていた主人公が真の生きる意味を悟るミドルテンポなロック曲『Starlight』(スターライト)、森で迷う兵士から戦争で引き裂かれた人間劇を描くハードロック曲『黒い森の旅人』、壊された街で満身創痍の主人公が生きる、メタルで歌謡曲を交えたロック曲『The Silence』(ザ・サイレンス)。これらの楽曲は、「孤独」を描いています。人間は死ぬまで、「孤独」はなくなりません。一人は平気だと思っても、一人では生きる意味に気づきません。さまざまな人との出会いから、人間は生きる意味を考える生き物です。

9mm Parabellum Bullet『黒い森の旅人』ミュージックビデオ
(2013年)
銃弾で撃たれた兵士の亡がらを写した、ラストシーン。

9mmの楽曲は、架空の戦争、戦う人間が描かれた楽曲が多くあります。このアルバムでも、兵士や壊された街といった、戦争を思わせるような題材があります。戦争によって壊された人間関係を描いています。人によって、「困難や忙しい環境で見失った人間関係の比喩」という解釈もできます。
ちなみに、9mm Parabellum Bulletなるバンド名の由来となった、9mmパラベラム弾の「パラベラム(parabellum)」は、ラテン語のことわざ「Si Vis Pacem, Para Bellum」(平和を望むならば戦いに備えよ)を意味します。9mmのいる邦楽ロック界は、今も続く戦いの日々です。


★まとめると洗練性が高くて聞きやすいアルバム

以上、さまざまな変化を過ごした、9mmの5枚目のアルバム『Dawning』の紹介でした。邦楽ロック界で、周りの新しい流行に合わせずに、9mm自身の音と作風で、新たなギターロックを作り上げたことが、評価すべきところだと思います。9mmが尊敬する、先人のロックバンドたちの王道ギターロックを継いでいます。発売当時に流行していたダンスミュージックを安易に取り入れるのではなく、ギターロック作風を貫く姿勢に驚きました。
このアルバムは、聞きやすいメロディーと、邦楽ロックの良さをこめたものなので、ぜひ聞いてみてください。

偶然、バンド名の数字と同じ、結成9年目に、9mmにさまざまな変化と、転換点が来るのは思いませんでした。他のバンドたちの様子を見てきたブリは、いつかはこういうことが起きるだろうと想像していました。でも、「いつか」と思っていても、だらだら活動していくわけにはいかないのです。「9」にまつわる時に、9mmが自立を決断したのは、運がよかったと思いました。もはや9mmは「残響系」なるポストロックのジャンルでくくられるバンドではありません。ギターを軸に、なじみやすい伝統的なメロディーで、さまざまなロックをこめた、邦楽オルタナティブロックバンドとして、成長しました。
このアルバムの後、9mmは個人事務所のもとで、レコード会社を移籍します。自立は、新たな旅の始まりなのです。

ブリは『Answer And Answer』のミュージックビデオを見た、とある海外の邦楽ロックファンからのコメントが、印象に残っています。

「アイドルブームの一方で、こんなかっこいい邦楽ロックができたのがすごい」

とある海外の邦楽ロックファンより(日訳)

ブリは、9mmが自立の変化と迷いがあったなかで、バンド活動を続けられてよかったと思いました。邦楽ロック界は、日本国内だけで戦っていても、いつか想像できない変革が、海の向こうから起きるのです。今日の音楽サブスクリプションサービスに通じる、「音楽配信」という変革でした。音楽は、物理媒体からデジタル媒体に代わっていきました。音楽の聞き方が変わっても、邦楽ロック愛は永遠です。

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