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30年前の組曲マルチ転生を聞いて思ったこと

皆さんは、邦楽ポップスロックバンド、MULTI MAX(マルチマックス、以下MM)のアルバムを聞いたことがありますか。彼らの代表曲である、『勇気の言葉』や『WINDY ROAD』を聞いただけで、済ませていませんか。

MMは1989年から1997年の活動で、6枚のオリジナルアルバムを発表しました。どれも個性が強く、大衆向けを意識したシングル曲より、クセのある楽曲がそろっています。実験的で聞きごたえがあるメロディー、サイケデリックで、ギターとシンセサイザーで奏でた、ポップスロック作風が、MMの特徴です。

MMは、人気デュオCHAGE and ASKA(以下チャゲアス)として活動していた、CHAGE(チャゲ)を中心に結成されました。歌声の良さからスカウトしたボーカリスト、浅井ひろみ(あさいひろみ)と、チャゲアスのバックバンドとして活動していたギタリスト、村上啓介(むらかみけいすけ)を誘い、3人のボーカリストとギタリストによる、バンドになりました。MMでのチャゲは、チャゲアスとは全く違う作風です。
(チャゲの作風とMMについて、詳しく説明した別記事をこちらからどうぞ)
この記事では愛着こめて、メンバーをそれぞれ、「チャゲちゃん」、「ひろみちゃん」、「啓介さん」と呼びます。

MMのアルバムで、唯一ミニアルバムとして発表された作品があります。1993年6月9日に発売された、『RE-BIRTH』(リバース)なるミニアルバムです。シングル曲『勇気の言葉』が収録されています。このミニアルバムは今年で、発売30周年を迎えます。ロックの日に発売したタイミングがかっこいいです。

『RE-BIRTH』(1993年)
写真左から村上啓介、CHAGE、浅井ひろみ。

無人島で漂流してしまったか、または海水浴に来たのか、そんな感じで、浜辺に座るMMの3人が印象に残ります。ブリはこのジャケットがお気に入りです。このアルバムに対する、チャゲちゃんファン、MMファンからの反応は以下のようになりました。

「シングル曲目当てで買った」
「チャゲアスにはない独特な世界観があって、おもしろい」
「最後の曲だけすごく長かった」

アルバムについてチャゲファン、MMファンからの反応

シングル曲だけ聞いて、収録曲まで聞かなかった人もいます。チャゲアスをきっかけに知った人は、デュオでのチャゲちゃんとは違う、独特な世界観が好きなようです。そして、最後の曲が非常に長くて、クセが強い印象を与えました。
ブリはこの頃に生まれていましたが、まだチャゲちゃんのことを当然覚えていませんでした。邦楽界で起きていた壮大なあのブームも、数々の名曲たちも、MMのことも全く知りませんでした。ブリが生まれてから25年後に、ようやく彼らのことを知りました。

この記事では、ブリが『RE-BIRTH』を50周も聞いて、思ったこと、おもしろいところ、収録曲の紹介をまとめました。歌詞についてはさまざまな解釈がありますが、一例として受け取ってください。



<史上最大の頂点>

『RE-BIRTH』が発売された1993年当時、邦楽界はチャゲアスによる、一大ブームが続いていました。1991年から、彼らはシングルとアルバム作品で多くのミリオンセラーを記録、国内外の音楽賞を獲得、彼らにとって、史上最大規模の記録が刻まれました。彼らのために特別イベントも行われて、ついにブームは頂点に達しました。その年に発売された、彼らの代表曲『YAH YAH YAH』は、ダブルミリオンセラーを記録したシングル曲として、今日も語られています。日本を代表するスーパースターとして、当時の邦楽界で最高峰の存在になりました。
(チャゲアスとしてのチャゲちゃんの活動は別記事でどうぞ)

一方で、ロックバンドのB'z(ビーズ)、ポップス歌手のZARD(ザード)、ロックバンドのWANDS(ワンズ)などが所属する、ビーイング事務所がテレビ番組のタイアップを通して、所属アーティストの売上を伸ばしていました。この現象を「ビーイングブーム」と呼ばれています。特にB'zは、聞きやすいポップスロック作風の楽曲で、幅広い支持を受け、独自の音楽性を作り出していました。彼らはチャゲアスと並んで、ミリオンセラー記録を連発してきました。

当時の邦楽界は、1990年から普及した音楽CDをきっかけに、レコード会社や音楽事務所が市場を独占して、テレビやラジオを通して、音楽を広めました。音楽作品のミリオンセラーが立て続けに記録されていました。「J-POP」なるジャンルが確立され、今日に語られるアーティストたちが飛躍して、邦楽の黄金期は頂点へ向かっていきました。

1993年当時の邦楽界の様子図。


<もう一つの勇気>

チャゲちゃんは、チャゲアスとして活動していくなかで、デュオとは違う音楽性を表現したい気持ちがありました。大衆性と良質な楽曲を表現したチャゲアスでも、チャゲちゃんの世界観がありました。でも、彼は大衆性にとらわれない実験的な音楽を表現したいと考えていました。ひろみちゃんと啓介さんと活動していたMMは、「自分の音楽のルーツを追求したい」という想いがあって、1989年に結成したバンドです。「音楽で遊ぶ」というコンセプトを持っています。チャゲちゃんは、チャゲアスでの活動と並行して、MMでの活動をしました。啓介さんは、MMの多くの楽曲で編曲を担当しました。前衛的なギターロックと、サイケデリックな編曲が、特徴です。MMの名を大きく広めた代表曲は、『勇気の言葉』です。このシングル曲は、チャゲアスの『YAH YAH YAH』が発売された3月3日から1ヶ月後、4月7日に発売されました。アイスクリームのCM曲として使用されました。チャゲアスブームの相乗効果により、『勇気の言葉』はヒットしました。

『勇気の言葉』(1993年)
MM5枚目のシングル。愛する人と主人公の相思相愛をポップスロックに乗せた。
バンドの代表曲として知られた。アイスクリームのCM曲に使われた。

2曲とも「勇気」という言葉が歌詞にあります。『YAH YAH YAH』での「勇気」は、「ありふれた励ましの言葉の例」として使われています。ためこんだ感情を吐き出したい時、その「勇気」を言葉で表すのではなく、サビのシャウトにこめて、歌う行動で表現しています。

勇気だ愛だと騒ぎ立てずに その気になればいい

CHAGE and ASKA『YAH YAH YAH』(1993年)

『勇気の言葉』での「勇気」は、愛と優しさを描いています。歌詞の主人公は、愛する相手に想いを伝えようと、言葉に迷っています。相手は、言葉足らずで伝えたいことが分からない主人公と、想いのすれ違いでケンカをして、泣いてしまいます。相手と相思相愛になるための「勇気」は、主人公にとって、難しいものです。主人公は自分を信じて、どんなことがあっても、相手に想いを伝えて、共に仲良くなっていきます。

勇気の言葉は難しいね でも大丈夫
Don't Worry I'm All Right

MULTI MAX『勇気の言葉』(1993年)

さまざまな状況で立ち向かう「勇気」は、言葉や行動で、表す方法が違います。想いを届けたり、感情を昇華したりする動機から、「勇気」が生まれます。迷いや困難があっても、「勇気」があれば、乗り越えられるのです。


<壮大な転生劇>

このミニアルバムの各収録曲は、全て5分以上の収録時間があります。タイムパフォーマンスを意識する今日の邦楽ファンにとって、だるいと感じるかもしれません。リスナーにだるさを与えず、楽しい雰囲気で包みこむ楽曲がつまっています。

ノリノリなMM3人の歌唱が奏でる愛の応援歌『WANNA BE YOUR MAN』、バグパイプの編曲が輝く相思相愛の楽曲『Hello!』、食欲が最高の幸福だとコミカルに歌う啓介さんの『I CAN'T STOP EATING -食わずにはいられない』、ひろみちゃんの美しく切ない歌声で、一つに結ばれない恋を歌うスローバラード『愛してる』、啓介さんを中心に、チャゲちゃんとひろみちゃんがコーラスで歌う、涙の別れギターロック楽曲『TEARS』。沖縄民謡のようなイントロが心地いいです。
どの楽曲も、きらびやかで楽しく、時には切ない、ノリが良いものにそろっています。

このアルバムで最も長い収録時間を持つ、『組曲 WANDERING』(くみきょくワンダリング)は、複数のロックのメロディーがメドレー形式で構成されて、8分30秒の壮大な組曲を演奏します。MMの楽曲で最も長いものです。この曲は以下のテーマで構成されています。

<BEGINNING:始まり>
<MOVING:脱出>
<LIE:嘘>
<TENDERNESS:優しさ>
<THEME OF MOFU>(インスト)
<SIN:罪>
<RE-BIRTH:甦生>

MULTI MAX『組曲 WANDERING』(1993年)

主人公は生まれて、愛する人との出会いと別れ、生きるなかで苦しみ、死を迎えます。前世の記憶が消え、再び生を与えられます。人間の生死、再び生まれる運命、幻想的な人間ドラマを描いた楽曲です。
MMのアルバムで必ず収録されている、啓介さんのインスト楽曲『MOFU』(モーフ)のメロディーが挿入されています。3人それぞれがテーマを歌声で表現し、最後に3人がともに歌い、組曲が締めくくられます。

チャゲちゃんは、輪廻転生をテーマにした組曲を啓介さんと考えました。きっかけは手塚治虫の漫画『火の鳥』を読んで、壮大なストーリーに引きこまれて、大きな衝撃にやられました。チャゲちゃんいわく「頭をスリッパで叩かれたような衝撃」だったと、語りました。

『火の鳥』(1954-1988年連載)
手塚治虫の代表作。
不死の鳥をめぐって、人間たちの歴史を描いた、
長編漫画シリーズ。

なぜこんなに長い楽曲を作ったのか、リスナーからのツッコミは絶えなかったと思います。チャゲちゃんは「洋楽で時々長い曲があるでしょう」と、言ってました。


<まとめると聞きやすさと独自性を合わせたミニアルバム>

以上、『RE-BIRTH』を聞いたブリの感想と、収録曲の紹介でした。このミニアルバムは、初めてMMを聞く人におすすめです。シングル曲とともに、聞きやすくて楽しいアルバム曲があります。チャゲアス名義のチャゲちゃん曲に慣れているリスナーにとって、とっつきにくい独特な作風が、難しいかもしれません。でも、難しく考えずに聞いてください。
チャゲちゃんが、チャゲアスでは表現できなかったものを昇華した作品だと思いました。このアルバムの収録曲は、大衆向けだと共感が難しいテーマだと思います。チャゲちゃんは、マイペースで、変化球なメロディーで、心に寄り添う楽曲をリスナーに届ける魅力があります。ロックは、チャゲちゃんの音楽のルーツなのです。

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