TRPGの秘匿ハンドアウトはコミュニケーションを壊して”しまう”ものである。
TRPGというゲームは、様々なシステム、シナリオがあり、多岐にわたる遊び方を提供している。
その中には、「秘匿ハンドアウト」というギミックを使ったものが存在する。
このnoteは秘匿ハンドアウトについて、私の中で考えをまとめるべく、書いているものである。以下に述べることは、一個人の考えであるということを理解していただければと思う。
「秘匿ハンドアウト」とは(シンプルな定義)
最初に秘匿ハンドアウトというものについて、その定義(あくまでこのnote上での)を考える。
まず、ハンドアウトとはTRPGセッションにおいて、GMからPLに渡される情報をまとめたものである。対面セッションでは、しばしば紙片にまとめられたものが提示される。
情報が可視化し参照性が上がることによって、セッションを円滑に進めることができるようになる。基本的にGMによって提示されたハンドアウトを、すべてのPLがいつでも参照できるというなかで、セッションを進めていく。
これが「秘匿」されたハンドアウトの場合、PL間で参照の可否に違いが生じる。あるPLは見ることができるが、別のPLは見ることができないということになる。
「秘匿ハンドアウト」とは、このような状況下でセッションを進めていくためのもの、あるいはそれを用いたギミックと言える。
TRPGとは、コミュニケーションを用いるゲームである。
「秘匿ハンドアウト」について、簡単にではあるが定義したところで、次は「TRPG」について考える。
これまで多くの人が「『TRPG』とは?」という問いに答えを出していると思う。私は使用するツールという側面で「TRPG」を「コミュニケーションを用いたゲーム」と定義する。
「コミュニケーションを用いたゲーム」が全て「TRPG」がというわけではないが,「TRPG」は(ほぼ)全てが「コミュニケーションを用いたゲーム」であると言えるだろう。
GMが状況の説明やNPCの行動を発信し,PLはそれを受信する。PLはそれに対し,GMに行動を宣言する。ときにはPL同士で考えを共有したり,協働したりする。TRPGのセッションは基本的にこれらの行為の連続で成り立っていく。場合によっては,言葉に依らない非言語コミュニケーションによって進行していく場合もある。
コミュニケーションには,「推論」が重要である
人と人のコミュニケーションとはその実,多くの人が素朴に考えるよりも,複雑なプロセスがあると言ってもよいだろう。言語コミュニケーションに絞っても,言語学において,音韻論,意味論,統語論,語用論というように研究もされている。
今回は特に語用論について考えていく。
言語コミュニケーションは,ただ言葉を用いて情報を伝えるだけではない。その発言の意図や,想定すべき文脈,言葉の修飾度合いによって,言語情報以上のことを話し手は伝達し,同時に聞き手は解釈をしている。これらはコミュニケーションの上では「推論」を用いて成り立っている。
例えば,「そろそろ講義が始まる時間かも。ねぇ,君,時計持ってる?」と聞かれた場合,大抵の場合,「時計?もってるよ」という返事では終わらない。更に,「今,〇〇時〇〇分だよ」という情報も返事の中に追加されることが多い。
言語情報だけで言えば,質問者は「時計を持っているか否か」だけを聞いている。「今,何時か」という質問は一切していない。そのため,「時計を持っています」で返事を終わらせるのは,相手の要求に合わせた適切な返事だと言える。
しかし,多くの人がそうは思わないのは,「時計持ってる?」という質問の発話の文脈などから発話の意図を「推論」し,質問の言語的意味以上の意味を見出しているからであるだろう。この場合は,「発話者は今の時間が知りたいんだろう」と相手の意図を推論することによって,「今,〇〇時〇〇分だよ」という追加回答も可能になる。
そういったコミュニケーションを我々は”普通に”行っている。
しかし,いつでもそういう推論が可能か,というとそういうわけではない。話し手や聞き手が何を知っているかという知識や,目の前に置かれている状況などが共有されていなければ,コミュニケーションは上手くいかなくなる。
例えば,先程の「時計持ってる?」という質問も,「時計を売り込みたい人」が発話者である場合,その質問は「時間を聞きたい」わけではなく「時計を買ってほしい」という意図に基づいている可能性も存在している。(「今オススメの時計があるんだけどね…」とセールス会話が続いていくことになる)
「時計を売り込みたい人」に「今,〇〇時〇〇分だよ」と言っても,「いやいや,そういうことじゃないんだよ」と言われてしまう。これは推論が上手くいかなかったがゆえに,コミュニケーションがうまくいってない状況だろう。
以上のように,コミュニケーションを行う上では,「推論」が必要である。そしてその推論を成り立たせるためには,発話者や状況を理解したり,知っていたりする必要がある。
秘匿ハンドアウトはコミュニケーション不全を引き起こす
ここで話を「秘匿ハンドアウト」に戻す。
前述したように,秘匿ハンドアウトとは,PL間の情報に差を生み出すギミックである。そのような状況下で,コミュニケーションによって成り立つTRPGを遊んだ場合,どのようなことが起こるか。
情報に差がある状態とは,想定すべき文脈がPLごとに異なるということである。つまり,全ての発話について,PLそれぞれが別の解釈で理解していく可能性がある。結果,コミュニケーションに齟齬が生じる自体になるだろう。
TRPGに即した例を上げる。たとえば,「うちから逃げたポチを探してほしい」という依頼があったとする。
あるPLに与えられた秘匿ハンドアウトが「ポチは実はヘビである」という内容であり,これを他のPLに伝達できない状況下であるとする。他のPLが「ポチというからにはイヌだろう」と想定で進んでいれば,「ヘビを捕まえる方法」と「イヌを捕まえる方法」が混在する形でセッションが進むため,会話は混迷をきたす可能性がある(例えば,おびき寄せるための餌をどうするか,という議論は全員の同意を得ることは難しいかもしれない)。
もちろんハンドアウトの内容によって,程度の差こそあるが,秘匿ハンドアウトは少なからずコミュニケーション不全を引き起こしている。
コミュニケーション不全は,場合によっては面白い
しかし,ことゲームの場合,このコミュニケーション不全こそがその面白さに繋がる場合がある。
ある情報が伝えられないという制限の中で,状況をどう改善していくかを考えることは,一つの課題であり,そのような状況下でも目標を達成できた場合,達成感を得ることができるだろう。
あるいは,その秘匿ハンドアウトを公開することができた場合,今までのコミュニケーションの齟齬を一気に解消することができる。そういった体験は,「なるほど!そういうことだったのか!」という納得による快感を生み出すこともできるだろう。
セッションにおいて,このような効果を狙い,”意図的に”コミュニケーション不全を引き起こす手段として,「秘匿ハンドアウト」は実に有用なギミックと言える。
事実,私も「秘匿ハンドアウト」を用いたシステム・シナリオ・セッションは好みであるだけでなく,それを主軸としたTRPGシステムも発表している。
もちろん,参加者を不快にしてしまう「コミュニケーション不全」(話がまったく通じない,対話にまったく応じず無視をするなど)も存在するため,運用には注意が必要である。
「秘匿ハンドアウト」運用の注意点
秘匿ハンドアウトを運用する上で,デザイナー,シナリオライター,ゲームマスターは以下のような点に気をつけなければいけないだろう。
①引き起こされる「コミュニケーション不全」を想定しておく
秘匿ハンドアウトによって,PL間にどのような齟齬が生じるか,それによってセッションがどのような方向性に進むかを想定した上で,セッションを行う必要があるだろう。もし想定していないコミュニケーション不全が起きた場合,その修正やガイドが必要になる。そのため,どういった目的をもってその「秘匿ハンドアウト」を設定するか,整理・把握する必要がある。
②「秘匿ハンドアウト」を秘匿にするためのルールを考える
たとえ,秘匿の情報として設定したにもかかわらず,PLが無節操に情報を公開するのであれば,意図しているコミュニケーション不全の面白さは達成できない。「秘密」は大事なときまで秘密にしておかなければいけない。それを支えるルールは必要だろう。
③「秘匿ハンドアウト」を公開するためのルールを考える
②とも関わることであるが,もし「なるほど!そういうことだったのか」という快感をゲームと面白さとして想定している場合,「秘匿情報」がどのように公開されるかということも考えておかなければいけない。秘密として温めていたものを,公開するルールは必要であるだろう。そうでなければ,秘匿情報が各PLが持つだけになり,コミュニケーションの齟齬が一気に噛み合うという状況にはならない。
まとめ
「秘匿ハンドアウト」はTRPGにおいて,セッションに面白さを与えてくれるスパイスであると言える。
しかし,それは「コミュニケーション不全」を意図的に引き起こしているものである。
コミュニケーション不全は人々の問題や争いのタネとなりうる。「秘匿ハンドアウト」を使用する上で,仲良くセッションを行うために,GMだけではなくPLも考えておいたほうがよいことであるだろう。
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