連載小説『キミの世界線にうつりこむ君』第三十五話 隣にいる君
「わたしは、どっちにもなれない。
可笑しいですよね。世界ははっきり決まっているのにわたしはそれにすら染まれない・・・」
意を決して本音を少しずつ漏らしていく碧。
「それは『ロミオとジュリエット』でも同じだったんだな」
耳を傾ける青野先生の言葉に
「そうですね。吹奏楽部のみんなはロミオ役、生徒会はジュリエット役。どっちかを選ばなきゃいけない、ならなきゃいけない。
そう考えたらわたしってなんなんだろうって思って」
星崎の両手に力がだんだん入っていく。
「星崎、どっちか選ぶ必要なんてない。選ばないって悪いことなのか?」
「・・・。でも、現実は誰もそう思ってくれませんよね」
諦めかけた瞳に蓮は何も言葉が思い浮かばない。その様子を見かねたのか
「ちょっとお兄さん、話せますか」
そう提案して病室の外に出る。
「青野先生、僕は大学で教職課程を取っていて、LGBTQとかそういう言葉についても聞きました。でも、それでも僕には碧の気持ちに寄り添える自信がないんです」
悔しさをにじませる蓮。
「大学で取り扱っているといっても十分じゃないし、むしろ足りないことだらけなんだ。
だから簡単に“わかったつもり“、“知っているつもり“になっちゃいけないんだなって僕は思いますが、お兄さんはどう思いますか?」
「確かに、どこかで“つもり“になってしまっている自分がいたかもしれません・・・」
どこかで他人事のように考えていたのを見抜かれた気がした。
「はっきりと白と黒に分けてしまえば、簡単なんですよね。でも、それをしてしまえば碧さんは間違いなく一人になります」
真剣な表情で語る青野先生の視線から目を逸らしてはいけない。
そう感じた蓮。
「少しでも、碧の支えになれる、そんな兄でありたいです」
そう、強く宣言する。
その言葉に
「よろしくお願いします。僕もできることはしていきますので、お互い協力していきましょう」
安心したように頷いて病室に戻る。
「星崎、とりあえず今はゆっくり休んでいいから、一緒にこれからのことを考えよう」
青野先生が肩にポンとおいて立ち去る。
碧と二人きりになると、また沈黙が流れそうになるなか
「碧、兄さんは味方だからな」
勇気を出して、振り絞った一言に碧の心が、かすかに揺らぐも表情が変わることはなかった。
星崎が救急搬送され、急遽、下校を言い渡された生徒たちが昇降口の近くでたむろしている。
その横をすり抜けて帰ろうとする関谷。
校門を出ようとすると、校門のそばに滝川と花森が立っていた。
「滝川、誰か待ってるのか」
滝川たちの前に立ち止まり、声をかけると
「いや、関谷を待ってたんだよ」
滝川が微笑んでそう言う。
そのまま、三人で話しながら歩いていく。
「星崎先輩が病院に運ばれたって聞きましたけど、大丈夫なんですか」
滝川が心配そうに聞く。
「わからない。だけど、左胸を自分で刺したんだ・・・」
関谷から告げられた事実に花森が口を手で覆う。
「そこまで・・・」
思っていたよりもひどい状況に言葉を失う滝川。
「とりあえず、無事なのを祈るしかないな」
関谷がささやくように言う。
それを見て花森と滝川も頷く。
「そういえば、前からずっと思っていたんですけど、関谷先輩と滝川先輩って先輩後輩の関係なのにタメ口になったんですか」
花森が気になっていた疑問をぶつける。
「ああ、そういや、今思えば衝撃的な出会いだったな」
思い出すと、つい笑みがこぼれる滝川。
ー 一年前の五月の昼下がり。
「あー、今日もだるいな」
中庭にある原っぱに寝転がりながらぼやく。
あまりにも、気持ちがいい天気だからか、睡魔が来て目を閉じて眠りにつく。
気持ちよく、いびきをかいて寝ていると、誰かの足が関谷にぶつかる。
「痛えな、誰だよ」
文句を言おうと立ち上がった先には、水色のネクタイをした生徒が立っている。
「そのネクタイの色ってことは一年だな」
後輩だとわかると、さらに態度を大きくする。
「えっと・・・すみません。まさか、寝てる人がいるとは思わなかったので」
目を開いて驚いている。
「おい、名前は」
「滝川真です」
ビビるような様子を全くみせない滝川。
「ああ、お前か。宮野先生、担任だろ?俺の社会の担当なんだよね。それで、授業の時に
『関谷君は一年の滝川君を見習いなさい』
ってたまに言われるから、どんな奴かと思ってたんだよ」
拗ねたように言う関谷。
「ああ、それはなんか、すみません」
申し訳なさそうに謝る。
「まあ、今回は多めにみてやるけど」
渋々折れる関谷にホッとした表情の滝川。
それが二人の初めての出会いだったー
「それでさ、休み時間とかすれ違うたびに関谷が話しかけて来るから、付き合っているうちに関谷から
『敬語なしにしよう』
って言われて、そこからお互い敬語なくなったんだよな」
関谷の肩に腕を回す滝川。
「へえ、そうだったんですね!」
嬉しそうに聞いている花森。
そんな話をしているとあっという間に、水標駅に着いた。滝川と花森は南口で関谷は北口と反対方向のため、その場で手を振って別れる。
「結局、言えなかったな・・・」
滝川と花森の姿を見送ってから線路沿いに歩き出す関谷。
あれから星崎がどうなったのか心配になり、メッセージを送ろうとするけれど何を書けばいいのかわからない。
どんな言葉を書いても今の星崎には意味がないのではないか。
そう考えれば、考えるほどメッセージを打つ気になれず、スマホをポケットにしまうしかなかった。
「あー、くそっ・・・」
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