連載小説『キミの世界線にうつりこむ君』第十三話 最後の希望
どんどん暑さが込み上げてきて、十二時のチャイムが鳴り響き、給食の時間になるが、誰も動く気配のない屋上と廊下。
「どうして、人はみんな悩みを持ってしまうと一人で抱えこんでしまうのかしらね。本当はどうすればいいのかわかっている、頭の中では・・・」
その言葉に思い当たるところがありすぎて、何も言えなくなる。
「そうよ。前からそう思っていたのなら、どうしてその時に言わないのよ。言えたはずでしょう」
「宮野先生、それはできないのよ」
成井先生が強く否定する。
「自分の性に違和感を持って悩んでいる人は、左利きと同じ数くらい少ない。ほとんどがはっきりしている社会で
『男性として生きたい』
宮野先生だったらそう言える?後ろ指を指されるとしても」
切実な表情で諭す。
「周りと違うことが悪いことだって、時々思って何かを諦めてしまうって怖いのよ」
少しずつ言葉を噛み締めていく。
「でも、もう終わりにします。お母さんにも、誰にもわかってもらえない。
そんな日々がこの先も続くなら今日、終わりにしてしまったほうがいいんです」
決心がついたのか、ギリギリの所まで立ち、両手を広げる。
「さよなら」
ーーーバンッツ!ーーー
扉を激しく揺らすように青野先生がやって来る。
「俺は、花森としっかり向き合わない限り、全てをわかった気になんてなりたくない。
だから今から話をしよう」
その言葉とともに、屋上に遅れて花森の母親が来る。
「お母さん、どうしてここに・・・」
来るはずがないと思っていたのか固まる。
「朱音・・・」
「やめて!その名前で呼ばないで!」
耳を塞いでしゃがみこむ。
「花森さん、前に僕に言ってくれたよね。
『滝川先輩は人に恵まれて生きてきたんですね』
そう思えるって、花森さんが人を大切にしてきたからなんじゃないかなって思うんだ。お母さんもその一人であってほしかったんじゃないのかな」
しゃがみこむ花森に寄り添うように話す。
「朱音、そのままでいいから聞いてほしいの。
朱音が生まれてきた時、本当に嬉しかった。朱音を初めて抱っこした時に小さな手で私の手を握り返してくれたこと、はっきり覚えてる。
小学生の頃はヒーローが好きだったよね」
一つ一つ思い出すたびに笑みがこぼれる。
「お母さん、ヒーローが好きだったの覚えてたの・・・?」
もう、すでに忘れていた記憶が蘇る。
「当たり前じゃない、ヒーローショーまで一緒に行ったでしょ。
でも、そこから大きくなっていく朱音を見ているのが時々不安になったの。女の子として生まれてきた朱音が男のように振る舞うのが、朱音がいなくなるみたいに思えて。
周りと違うことが朱音を苦しめるんじゃないのかなって」
張り裂けそうな思いを吐露する。
「僕は・・・」
お母さんの話を聞いても、どう言えばいいのかわからない。
「花森さんはお母さんに裏切られたと思っていたんです。自分の方を見てくれなくなった時に大好きだったお母さんが大嫌いになってしまったのだと思います」
「それは違う。お母さんは素直になれなかっただけなんだよ、花森」
「朱音、信じてくれないかもしれないけれど、本当は朱音が決めた生き方ならそれでいいと思ってるの。
でも、それを伝えることが上手くできなくていつの間にか朱音を傷つける言葉ばかり言えなかった。
ごめんなさい」
「そんなの嘘だ!僕がどれだけお母さんの言葉に傷ついてきたのかわからないでしょ」
本音を上手く受け止めきれない花森。
「なあ、花森。一ついいか?
確かに花森はお母さんの言葉に傷つけられてきた。それは紛れもない事実だ。
でも、今こうして解り合えるチャンスが目の前にあるのに、それでもお母さんを許せないか?」
一歩踏み出しながら唇を動かす。
「花森さん、君は大嫌いなお母さんでいてほしいの?
そうじゃないよね」
「・・・。お母さん、僕、やっぱり男でありたいんだ。
今まで自分の生き方が間違ってるって思うたびに苦しかった。
でも、お母さんにだけは
『そのままでいいよ』って言ってほしかった」
今まで秘めていた思いが泡のように湧き上がっていく。
「朱音、本当にごめんね・・・。
お母さんがもっと早く言えてたらこんなになるまで追い詰めることはなかったのに」
「お母様だけの責任ではないですわ。
私たち教師も花森さんの生き方をはっきり尊重することができていなかったのですから」
励ますように包みこむ優しい声が響く。
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