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連載小説『キミの世界線にうつりこむ君』第三十六話 後悔

 衝撃的な事件から一夜明け、職員室では職員朝礼が行われていた。
それぞれが連絡事項を挙げていき、最後に青野先生が挙手する。

「星崎碧さんですが、幸い命は取り留め、現在は入院中です。復帰は来週になる予定ですので、よろしくお願いします」
報告を済ませ、職員朝礼は終わりとなった。
それと同時に片山先生が青野先生に駆け寄り、

「星崎さん、大丈夫ですか?」
星崎の様子を尋ねる。

「ええ、昨日の昼過ぎには目を覚ましましたよ。傷口が思ったよりも深かったようなので、安静にする必要はありますが・・・」
詳しい様子を伝える青野先生。

「そうですか、よかった・・・。
あ、近いうちにお見舞いに行きたいので、差し支えなければ入院先を教えてもらえませんか」
訴えかけるような片山先生の目に押されるように

「ここから徒歩で二十分の風見病院です」
口頭で伝えながら、メモに走り書きをして渡した青野先生。

「ありがとうございます」
片山先生は受け取ると手帳に挟んだ。

https://onl.la/wRYyH8k


昨日のことなど何もなかったかのように日本晴れの空。
それなのに、気持ちは晴れやかになれず、病室のベッドに寝たまま、ぼんやりする星崎。

「碧、元気か」
蓮が差し入れを持ってやってくる。

「・・・・・・・」
それなのに、振り向く様子を全く見せない碧。

「今日はいい天気だな」
碧の視界に入るように、わざと窓側に立つ。
それでも表情は変わることはない。

「碧ー」
蓮がさらに話しかけようとした時

「一人にして」
冷たく言い放つ碧に何も言えなくなる。

「・・・。
ここに碧の好きなプリン置いておくから」


https://onl.la/C51M82Y


テーブルにプリンの入った袋を置いて、静かに病室から出る。そのまま待合室に向かい、ソファに腰掛けてため息をつく。


「全く笑わなくなくなっちゃったな・・・。いつも会話してこなかったツケが回ってきたみたいだ」
肩を震わせる蓮。



対する碧は、蓮が出ていった音を確認した後、布団を被って布団の裾を強く握りしめながら泣き出す。

「こんなわたしに生まれたかったわけじゃないのに・・・。なんで、なんでよ!」
やり場のない思いがあふれていく。
碧の心は限界に近づいてきていた。
そんな時、


「星崎さん、入りますよ」
ノックをして入ってきたのは片山先生。

「片山先生!?」
担任でもないのに、わざわざ訪ねてきたことにびっくりする星崎。
泣き顔を見られたくなくて、さらに布団を被って隠す。

「体調はどうですか」
優しく声をかけながら近くの椅子に座る。

「どうして来たんですか」
「お見舞いと、星崎さんと少し話したくなって、青野先生にお願いして教えてもらったんです」

笑顔で答える片山先生。

「片山先生、もう放っておいてくれませんか」
震える声でそう伝えた星崎に

「星崎さんを放っておくだなんて、僕はそんなことしたくありません」
はっきりと力強い言葉に星崎の心が揺さぶられる。

「どうして、放っておいてくれないんですか。わたしは、片山先生が思っているような人間じゃない!わたしには何もないんです・・・」
布団が涙で少しずつ濡れていく。

「僕にとっては星崎さんも大事な生徒です。それに、星崎さんは優しい人です。何もないだなんて、そんなこと言わないでください。
誰にも、そして星崎さん自身にも」



「ずっと・・・苦しかった。
どっちかにならなきゃって考えるたびに、どっちにも合わせられない自分に何度も絶望して・・・」

片山先生の言葉に本音を打ち明けていく星崎。
それを相づちを打ちながら聞く片山先生。

「『ロミオとジュリエット』の配役決めの時、ロミオもジュリエットもやりたいって思う自分がいたけど、言えなくて・・・。
それで、あの黒板の字を見たときに“わたし“が全部なくなった気がした」
だんだん声が小さくなる星崎に

「星崎さん、どっちもやりたいって思ったその気持ち、滝川さんたちに伝えてみませんか。そして、そこから始めてみませんか」
提案を伝える。

「でも、受け入れてくれるか・・・」
期待よりも不安で押しつぶされそうになる気持ちが勝る。

「絶対、受け止めてくれますよ。彼らなら」
背中を押すように自信を持って言う。

「片山先生、こんなわたしでも“金星“になれるかな・・・」
被っていた布団を取って、まっすぐに見つめてくる星崎に片山先生はゆっくり頷いた。


その頃、学校ではHRが行われていた。
そして、終わるのと同時に教室を出て生徒会室に向かう滝川。
その足取りは、焦りからか歩調が早くなる。
勢いよく、生徒会室のドアを開けると、すでに滝川以外のメンバーは勢揃いだった。
ただ、星崎を除いては・・・。

「滝川先輩も聞いたのですね」
月城がうつむいている。

「ああ、星崎先輩が・・・自分の左胸を刺したって」
信じたくないと何度思ったことか。
それはこの場にいる全員がそう感じていたことだろう。

「俺は親友失格だ」
机を思いっきり殴る関谷。

「関谷・・・」
何も言わず、関谷の背中に手をおく滝川。

「このまま、どうなっちゃうんでしょうか。星崎先輩も、生徒会劇も・・・」
これからのことが心配になる花森。
重い空気がひたすら流れる生徒会室。

「水導祭まで、あと一ヶ月半」

https://onl.la/bBtzmnf


カレンダーを眺める月城は少し考え込んだ後、

「星崎先輩がいつ戻ってきてもいいように、できることは進めていくしかないと思います。それが最善策です」
小さな声で提案する。

「そう、それしかないよね」

覚悟を決めたのか自分の頬を両手でバシッと叩き、気持ちを切り替える花森。
その様子を見て滝川たちも覚悟が決まったように、顔をお互い見合わせる。

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