連載小説『キミの世界線にうつりこむ君』第一話 隠れた日常
今日も僕たちの前には、いつものように一日がやってくる。
それは希望でもあり、絶望でもあるのだろうか。
静かな部屋で一人、柔らかな陽射しに、ゆっくりと目を開ける。
「もう朝か」
長いため息をついて体を起こす。壁にかけてある制服を一つずつ丁寧にハンガーから外す。それに袖を通しながらふと時計を見る。
僕は滝川真(たきがわまこと)。水標中学の中学二年生で、どこにでもいる平凡なやつだと思う。
一階から、ほのかに香る珈琲に誘われるように階段を下りていく。
「おはよう」
キッチンにいる母さんに声をかけて椅子に座る。
『本日のニュースです。昨日、某中学校で一部の生徒がLGBT当事者であるということを仄めかすSNS配信が行われました。発覚した問題について当該中学校長の記者会見が本日の午後・・・』
「最近、多いな。こういうニュース」
毎日の中で流れる報道に、どこか他人事のように朝食を食べる。
「そろそろ行かないとまずいんじゃないの?あんた」
母さんからの呼びかけに我にかえる。時計の針はまもなく六時半になろうとしている。
「行ってくる!」
勢いよく飛び出し、自転車に乗って坂道を下っていく。爽やかな風にどこか心地よさを感じる。春めいた街並みを眺め、信号のところで止まると突然、後ろから肩をたたかれた。
「おはよ。相変わらず元気そうじゃん」
いたずらっ子のように百合が笑っている。
「なんだ、驚かさないでくれるかな。自転車なんだから前を見てないとけがする」
ブレーキをかけそうになっていた右手を緩める。「それは真も同じでしょ、ボーッとしちゃって。いよいよ、今日から後輩たちができる日なのよ」
そう、今日は入学式。僕たちにとっては待ちに待った日である。
「どんな新入生が来るのかな。イケメンだったら狙っちゃう!」
(そうだった・・・。百合は相当なミーハーでイケメンには目がないことを忘れていた)
呆れているうちに校門に着く。そこから百合とは別クラスのため、その場でわかれた。自分のクラスへ向かおうと歩く僕の横を誰かが通り過ぎる。
その一瞬、何とも言えないような胸騒ぎのようなものがした。振り向くとすでに姿はなかった。
「何だったんだろうな、この感じは・・・」
首を傾げながら教室に入ると
ーーーキーンコーンカーンーーー
HRのチャイムが廊下中に鳴り響く。
「はい、皆さんおはようございます。今日は入学式ですので、身だしなみには気をつけてください。だらしない格好で出ることがないように」
開口一番にピシャリと注意する。身だしなみと態度には人一倍厳しいのが担任である宮野先生。いつものように長い話には眠気を誘われる。
そのまま机に突っ伏して寝ようとすると
「そろそろ入学式の時間なので寝ている人は起きてください。滝川くん」
思いもよらないところから視線が集まってきたので慌てて飛び起きる。当たり前のような光景にクラスメイトは爆笑している。
そう、運の悪いことに、僕は二年連続で担任が宮野先生に当たっているのだ。だから、去年から一緒のやつからみれば、
「また、始まったよ〜」
お約束の展開の流れだとわかっている。苦笑いでごまかして、ふーっと息を吐いて座り直す僕。ようやく教室を出て体育館に向かい、入学式に参加する。
しかし、なにやら辺りが騒がしい。
「あの子、かわいいな」
「でも、あれってどういうことなの?」
口々に一人の新入生の噂が飛び交う。ここまで噂が出るほどの新入生はどんな人なのだろうか。身長が低いなりに精一杯背伸びして探してみる。
「あの子!」
誰かが指差したその先には身長が高くて細身で、それだけでなくズボンを履いている。顔だけ見れば女性的な顔つきなのに制服は男子のもの。
「どういうことだ・・・」
見慣れないその姿にひどく困惑する。それは、僕だけでなく周りの誰もがそう感じていた。でも、その子は気に留めるそぶりを見せずに壇上に立ち、新入生代表として挨拶する。
「ーー新たな気持ちで中学生活を過ごしていきます。新入生代表 花森朱音(はなもりあかね)」
はっきりとした声に心を揺さぶられた。壇上から黙々と降りる花森と視線がぶつかる。目が離せない何かがあるようで、釘つけになった。
「真!もう入学式終わったんだから教室に戻ろうよ」
強く袖を引っ張られ、そのまま後にする。
(花森さんってどんな人なんだろう・・・)
僕の頭の中はそのことで埋め尽くされたまま時間は過ぎていく。
「あ、そろそろ部活に行かないとな」
呆然としていたことに気づき、ロッカーに置いていたスポーツバッグを肩にかけ、ドアを開ける。
「花森さん、ちょっといいかしら」
廊下を通ろうとすると、宮野先生と花森さんが何やら真剣な顔つきで話しているようだ。
「はい、なんでしょうか」
ぼそぼそと、聞こえるかどうかの声で返事する。
「花森さん、あなたはーー」
そう言いかけた時、
「真!」
向こう側から百合が走ってくる。
(なんてタイミングが悪い・・・)
額に手を当てて苦笑いする。
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