連載小説『キミの世界線にうつりこむ君』第三十九話 水標祭へ向けて
ミンミンゼミの鳴き声が響いている。
夏休みの真っ最中の、体育館では生徒会が『ロミオとジュリエット』の練習をしている。
「さあ、ティボルト、さっき貴様のくれた悪党呼ばわりは、今こそ貴様に返してやる。ーさあ、貴様か俺か、どっちかがマキューシオと道連れだ、いいか」
ロミオ役の星崎が威圧感のあるセリフを言うと
「この青二才めが、どうせこの世で相棒の貴様だ、これからも仲好く行け!」
ティボルト役の関谷が応える。
お互いが剣を抜こうとした時
「はい、カットカット!」
ステージ下にいる花森が止める。
「またかよ・・・。花森」
実はこの場面だけでも五回以上繰り返している。
「関谷先輩、表情がまだ柔らかいので、もう少し緊迫感のある表情してください」
花森から厳しめの声が飛ぶ。
「まあ、それだけ花森さん真剣なんだよ」
滝川がドンマイというように笑う。
「ティボルトってロミオのライバルだけど、実はすげえ一途なんだよな。ジュリエットが好きなのに、いとこだから結婚できない。
俺も恋愛は一途なタイプだからティボルトに親近感湧いたんだよな」
ティボルト役に立候補した理由を滝川に語る関谷。
「へえ。確かに関谷、一途そうだもんな」
同意する滝川。そこへ
「差し入れ持ってきたぞー」
体育館入り口から青野先生がアイスの入った袋を提げて歩いてくる。
「青野先生、わざわざありがとうございます」
星崎がお礼を伝える横で
「アイス!青野、最高じゃん!」
先ほどまでステージにいた関谷がいつの間にか下りてきていた。
「青野先生だろうが」
軽く注意しながらも、そこまで怒っていない青野先生。
みんなそれぞれ、好きなアイスを選び、円になって食べる。
「あー、生き返る!」
美味しそうにみかん味のシャーベットアイスを食べる星崎。
「本当、そうですね」
左隣の月城はラムネ味のソフトクリームを食べている。
「劇の練習は順調か」
進捗状況を尋ねる青野先生。
「まあ、七割は」
花森が即答する。
「あとの三割は?」
気になったのか滝川が聞く。
「関谷先輩がセリフを覚えてくれれば」
関谷の方を横目に見る。
「しょうがねえだろ、セリフ覚えるの苦手なんだから」
拗ねている関谷。
「まあ、頑張れよ。熱中症にはくれぐれも気をつけるんだぞ」
スッと立ち上がって青野先生は保健室へと戻っていった。
その後も練習は延々と続いた。
そして、あっという間に九月になり、水標祭を明日に控える日まできた。
学校中は一日中ずっと、慌ただしく、屋台やら舞台やら、係の仕事やらで廊下を行き交う生徒たち。
生徒会のみんなはというと、最終リハーサルを済ませ、生徒会室で最終確認をしていた。
「いよいよ、明日なんですね」
滝川がつぶやく。
「そうだね。今までの生徒会劇の中で今年が一番緊張してるかも」
気が気でないのか、表情が強張っている星崎。
「大丈夫だよ。何かあったら俺がガツンと言ってやるから。碧は碧の思いをそのままぶつけてこい」
関谷が任せとけというように胸を張る。
「本当、颯はわたしが欲しい言葉をくれるよね。ありがとう」
少し心が軽くなったのを感じた。
「こら、早く帰りなさい!本番は明日なんですから」
顧問の宮野先生が下校を呼びかけ、それぞれ帰っていく。
ーーーガチャーーー
家の鍵を開けてから中に入ると、リビングには蓮がいた。
「おかえり、碧」
「うん、ただいま」
軽く会話を交わした後、いつもなら二階に上がるが、蓮の方を見る碧。
「蓮兄さん、明日、水標祭で生徒会劇『ロミオとジュリエット』をやるんだ。それを、蓮兄さんに見にきてほしい」
碧の方から声をかける。
「え?見に行っても・・・いいのか」
まさか、そんなことを言われるとは思っていなかったから目を疑う蓮。
「うん、見にきてほしい」
まっすぐな視線を向ける碧に
「わかった、見に行くよ」
はっきり約束する蓮。
その答えを聞くと、照れくさくなって早歩きで階段を登って二階へ行く碧。
その裏で
「碧が自分からお願いするなんて、びっくりしたけど嬉しいな」
頬が緩む蓮。
九月二十日。
ついに水標祭、当日になった。
いつもよりガラガラと空いている道を生徒たちは登校して、最終チェックなどに勤しんでいる。
生徒会室には、星崎が一人座っている。
「ついに・・・。ちゃんとわたしの思い伝わるかな」
心臓の鼓動がやけにうるさく感じる。
「やっぱり、来てましたか」
滝川たちが次々と入ってくる。
「僕たち、緊張っていうのもあるんですけど、やっぱり星崎先輩に会いたくなって」
恥ずかしげに花森が言うので、聞いている星崎も恥ずかしくなる。
「今日の生徒会劇は午後一時半からでしたよね」
月城がタイムテーブル表を開いて確認する。
「そうだな。その前に機材準備とか調整あるから午後一時には体育館に集まったほうがいいかもしれない」
関谷が去年の経験からアドバイスする。
「じゃあ、また午後一時に会いましょう」
そう言って、それぞれクラスや係の仕事へと散らばっていく。
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