連載小説『キミの世界線にうつりこむ君』第四十一話 わたしは“わたし“で
驚く星崎を前に、語りかける榛名。
「星崎会長の話を途中で遮るようで申し訳ありません。新聞部の榛名つかさと申します。少しだけ、私からもお話しさせて欲しいことがあります」
星崎と観客に一言断り、さっきまで星崎に向けられていた視線は榛名に集まる。
「私は星崎会長のファンで、今回新聞部では星崎会長について特集することになり、取材を行う予定でした。
その最中に、生徒会劇の配役決めが行われるという話を聞きました。その時に、私は星崎会長はロミオであってほしい。個人的な感情を取材の時にぶつけました。
それが星崎会長にとって正しいのだと、そんな一心からでした」
嘘偽りなく話していく榛名を近くの席に座っている松島が、後輩の榛名と同級生の星崎を見つめながら聞いている。
星崎も榛名の話に耳を傾ける。
「それは、きっと私が求めている“星崎碧“でした。星崎会長が求めていないのに、私は求めてしまった・・・」
星崎の方を向いた榛名が
「ごめんなさい」
はっきりと頭を下げる
「榛名さん、顔あげて」
マイク越しではなく、自分の声でそう告げる星崎。
しかし、榛名は頑なに顔を上げようとしない。
「榛名さんがわたしのことをそう思ってくれた気持ちは嬉しかった。ありがとう。でも、わたしはロミオとジュリエットのどちらかに押しつけられることも、当てはめることもされたくなかった。
どっちも“星崎碧“だから、ロミオとジュリエットも演じた。この服のように、何色にも染まらないこの白がわたし。これがわたしなりの『ロミオとジュリエット』です」
言いたいことを全て言い終わった星崎は今までで一番清々しい表情をみせる。
その時、小さな拍手が聞こえた。
目を凝らして見てみると、拍手をしていたのは碧の兄、蓮だった。
「蓮兄さん・・・」
嬉しさからか涙があふれる。
「星崎先輩!」
滝川と花森がそれぞれ、星崎の手を握る。
最後は生徒会役員みんなで
「ありがとうございました!」
大きな声で感謝を伝えて、生徒会劇を終えた。
ステージから下りると、星崎の目の前には蓮が立っていた。
その姿を見つけると、一目散に飛び込んで抱き締める。
「蓮兄さん、ありがとう」
「碧、ちゃんと碧の伝えたかったこと、伝わったよ。教えてくれてありがとう」
抱きしめた後、ゆっくり体を離す。
「他にも話しておきたい人がいるなら、行っておいで」
碧の頭にポンと手をおいて言う蓮。
それに頷いた碧は片山先生を探す。
人が多すぎて見つけられなさそうにないかと思われた矢先、
「星崎さん」
後ろから片山先生に声をかけられた。
「片山先生、色々ありがとうございました。
わたし、金星みたいな生き方、今からでも目指してみようかなって思います」
笑顔でそう伝える星崎。
「いいですね。星崎さんの笑顔、久しぶりに見られてよかったです」
胸が熱くなる片山先生。
片山先生と話を終え、ステージ前に向かう星崎。
「榛名さん」
松島と話している榛名に声をかける。
それに気づき、その場を離れようとする榛名に
「待って!」
大きな声で呼び止める星崎。
「榛名さん、さっきはありがとう。
わたしは榛名さんが思うわたしにはなれないけど、それでもわたしを好きでいてくれたら嬉しい」
今だからこそ言える言葉を伝える星崎。
「星崎会長がカッターで自分を刺したって聞いた時、私のせいだって真っ先に思いました。星崎会長を傷つけたことは何度謝っても謝りきれないくらいです。
それなのに、私を嫌いにならないでくれる星崎会長は、優しすぎます・・・」
涙を我慢しながら、そう伝える榛名。
「また、いつでも取材しに来ていいからね」
「はい、今度こそちゃんと、星崎会長のこと知りたいです」
お互いに握手する榛名と星崎。
そんな二人を体育館の左端で静かに眺めている宮野先生。
「本当、くだらない。そんなことができるのは学生の今だけ。いつか、あなたたちも現実を見ることになるのよ・・・」
スマホケースについている星のキーホルダーが小さく揺れる。
そうして、水標祭はこの後も、盛り上がりは止むことなく続き、最後まで充実した内容となった。閉会式が終わると、生徒たちは真っ先にグラウンドに駆け出していく。
「碧も、こっち来いよ!」
星崎の横を関谷が走りながら通り過ぎる。
「全く、最後まではしゃいでるんだから」
クスッと笑いながら追いかける。
グラウンドの中央には木が何段にも積み上げられており、キャンプファイヤーが始まっている。
風がいつもより強いのか、火が大きくなり、メラメラと燃えている。
「やっと終わったなあ」
大きく背伸びをする関谷に
「そうだね。なんか、あっという間だったな、中学生活最後の文化祭」
ちょっと名残惜しそうな星崎。
「でも、この水標祭でなんだか改めて碧と仲良くなれた気がするな」
ゆらめく火を眺める関谷。
「わたしも同じこと思ってた。回り道もたまには悪くないよね」
目を細くする星崎。
「あ、俺、片山先生と話したいから行ってくるな」
人混みの中をすり抜けながら消えていく関谷。
その向こうに片山先生の姿をみつけると、顔がポッと赤くなる。
(あれ、なんで片山先生を見てると、恥ずかしくなるんだろう・・・)
ほのかな恋心が芽生えたことに少し気づき始めた星崎。
そんな頭上にはいつもより綺麗に星が輝いて星崎を照らしてくれる。
僕らは何度も高い壁にぶつかって諦めそうになる。
それでも、白と黒に染まるのではなく、世界にたった一つの
「僕の好きな僕で」
「俺の好きな桜に」
「わたしの好きな金星に」
花森と関谷、星崎がキャンプファイヤーの火を眺めながらつぶやく。
そんな僕たちがこれからぶつかる壁は壮絶な過去を持ったキミから語られた悲しい現実だった・・・・。
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