連載小説『キミの世界線にうつりこむ君』第十九話 心の殻
「はあーっ」
家に着いて自分の部屋のドアを開けてベッドにダイブする関谷。大の字になったまま天井を見上げてぼーっとする。
「今日もいつも通りにできたかな」
毎日、この言葉で俺はようやく自分の殻を脱いでいるような気がする。
それはきっと俺自身が自分を信じているようで信じきれていないからだ。このムシャクシャを落ち着かせるように
ーブレイクしてるモデルの伊吹カッコいいし付き合いたいー
Twitterのプロフィールは真っ黒のアイコンで“ゴミ箱“と書かれている名前。Twitterなのに、フォローもフォロワーも0のまま。
そんなアカウントに淡々と並べていく言葉。
一通り書き終わると同時に
「颯、いる?」
ドアをコンコンとノックして母さんが入ってくる。
「母さん、どうしたの」
「五月雨祭、今年もやるんでしょう?中学生活最後だから今年は夫と一緒に観に行こうって思ってるから頑張ってね」
「うん、ありがとう」
嬉しそうな表情をして返事する。
母さんはいつも俺のことを応援してくれていて、あまり厳しいことを言われた記憶がない。自分でも驚くくらい恵まれた家庭だと思っている。
だから、なおさら言えないでいる。
母さんが出て行ったのを見届けると、またベッドに仰向けに寝そべる。
「これからも、ずっとこの先、誰にも言わないで生きていくんだろうな」
自分で言った言葉が自分の心に棘のように刺さった。
「お兄ちゃん!」
部屋のドアを開けて琴がいきなり入ってきて早々、抱きついてくる。
「どうした」
いつもと違うような違和感を感じ取って声をかける。
「あのね、今日初めて遊んだ友達に、琴のランドセルの色がなんで青なのって言われたんだ。好きな色なのに・・・」
しょんぼりしている様子に
「琴、お兄ちゃんはピンク色が好きなんだ。桜の色と同じだろ?桜が好きだからピンク色を好きになったんだ。琴はどうだ?」
優しく抱き寄せて目線を合わせて話す。
「琴は、空が好きなの!空が好きだから青とか水色が好きで、ランドセルは好きな色にしたくて青にしたんだ!」
元気が出たのか、声が少し大きくなる。それがわかったのか頭を撫でながら
「それでいいんだよ」
そう言う。
「わかった!」
嬉しそうに頷いて返事する琴。俺はピンク色が好きだけど、それを言えるのは琴くらいだ。小学生の時にポロッと
『ピンク色が好きだ』
と言ったけど、誰もいい顔をしてくれなかった。
『ピンク色って女の子みたいだな。“オカマ“かよ』
さらっと何気なく言われた言葉に俺はそれっきり本当のことを言うのをやめた。
本当のことは自分だけが知っていればいい、そう思った。
昔のことを思い出して、自分を蔑むようにふっと微笑む。
「お兄ちゃん、どうしたの」
心配そうに見つめる琴の一言で我にかえり、兄としての俺に戻る。
「今日も仕事終わったかー。よし、帰ろう」
さっきまで集中してじっと睨んでいたパソコンをパタっと閉じる青野先生。空がオレンジ色に染まったように辺りもオレンジ色に染まりつつある。
「青野先生、怪我したんですけど」
手の甲から血が出ている滝川が駆け込んでくる。
「滝川、何したらそんなに血が出るんだ」
目を丸くして滝川の手の甲を見る。
「いや、ハードル走やってたら転んで擦りむいちゃって・・・」
いたずらっぽく笑う。
「相変わらずだな、こっちおいで」
手招きして丸椅子へ座るように促す。
「ありがとうございます」
そう言って丸椅子に座って手の甲を差し出す。
「最近、関谷と一緒にいるの見かけたけど、バスケ部の助っ人でもやってるのか?」
「いや、やってないですけど、生徒会で一緒だからよく絡まれてるだけですよ」
面白かったのか、笑って否定する。
「関谷と滝川って、あまり性格的に真逆なのに何故か仲良いよな」
「痛っ」
消毒液が染みたのか軽く悲鳴をあげる滝川。それでも青野先生は平然と処置を続ける。
「関谷とは仲良いんですけど、なんていうか・・・。
あまり自分のことを話したがらないような、そんな気がするんですよね」
「うーん、確かに関谷はバスケと恋愛のことになるとやたら饒舌になるけど、それ以外はそうでもない感じには見えるけどな」
自分なりの意見を述べる青野先生。
「誰にでも話したくないことってあると思うけど、少しは言ってくれたらなって思っちゃうんです」
滝川が少し俯き加減に返す。
「どうだろうな、それって期待してるだけなんじゃないか。
きっと自分には打ち明けてくれるだろうっていう」
処置を終えて、絆創膏をピタッと貼ってから顔を上げる。
「期待するのは悪いことではないんだけど、求めてしまうのは自分の“エゴ”になってしまうのかもしれないな」
ゴミ箱にゴミを捨てながら青野先生が言う。
「難しいですね、自分のことを話すのって」
テーブルに肘をついて考え込む滝川。
「僕もいまだに完璧にできるわけではないからね。子供でも大人でも難しいさ」
そう締めて立ち上がって滝川の手の甲を指差す。
「あ、ありがとうございます」
処置がいつの間にか終わっていることに、ようやく気づいて慌てて礼をする滝川。
「もう、遅くなるから気をつけて帰れよ」
ポケットに忍ばせた飴を一つ放り投げる。
「おっとと」
危なげにキャッチして、滝川が保健室を出ていった。
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