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連載小説『キミの世界線にうつりこむ君』第三十七話 弱さと覚悟

 待合室のベンチで、うなだれている蓮。

「あの、もしかして星崎さんのお兄さんですか」
片山先生が声をかける。

「あっ、そうです。えっと、どなたですか」
目の前にいる人物をじっと見つめる。

「はじめまして。水標中学で理科を担当している片山はじめと申します。先ほど、碧さんの方お見舞いに伺わせていただきました」
丁寧に自己紹介する。

「あ、先生でしたか。いつも碧がお世話になっています。碧の兄の蓮です」
ソファから立ち上がって自己紹介をする。

「碧さんとは話せましたか?」
片山先生の問いに

「いえ・・・。ちゃんと話はできていません。それどころか、碧から嫌われているみたいで。これも、普段会話してこなかったせいなんでしょうか」
苦笑いをしながら反省している蓮。

「そうでしたか。家の中ではあまり、話さないことが多いんですか」
蓮の隣に座って話を聞くことにした片山先生。

「はい。僕たちの家は両親が共働きで、いつも帰りが遅いことも当たり前でした。だから、ほとんどの時間を碧と過ごしています。
小学生の頃はよく話していたんですが、中学生になってからは、あまり話さなくなって・・・」
ぽつりぽつり話し始める蓮。

「今、思えば中学生になった頃から悩んできたんでしょうか。そうだったら、それに気づいてやれなかった僕は兄としてダメですね」
自分を責めていく蓮に

「蓮さん。今からでもできることはあります。碧さんを支えたいという思いは誰よりも蓮さんが一番のはずでしょう?」
励ますように寄り添う片山先生。

「ありがとうございます。そう言ってくださって。情けない兄ですけど、できることを探していこうと思います」
少し元気を取り戻したのか声に力が入る蓮。

「それでは」
学校に戻っていく片山先生を見送ったあと、スマホに視線を落とす。
すると、SNSに一通の見覚えのないメッセージが届いていた。


「なんだろう・・・」
不思議に思いながら、メッセージを開いてみる。そこには、もあふるの運営から第八期実習生を募集していることが書かれており、参加してみませんかと案内がある。


「興味はあるけど、そういうのとか、どうやって学べばいいのかわからないよな・・・」

浮かない顔つきで試しにホームページのリンクをクリックしてみるとそのサイトは、とてもカラフルだった。
よくよく読んでみると、教職を目指している大学生に向けてオンラインの教育実習を行なっていると説明が書いてある。

「へえ、オンラインの教育実習か。どんな内容なんだろう」
スクロールしていくと

ーセクシュアリティ教育プログラムー


そのプログラム内容に釘つけになりながら読み進めていくと、実習生応募のボタンを見つける。

「これだったら碧の力になれるかもしれない!」
顔を上げて、ほんの淡い期待が胸に宿るのを感じながら実習生応募ボタンをクリックした。



事件から一週間後、星崎が学校に復帰する日となった。
いつも通りに目が覚めたはずなのに、どこか違う朝に感じるのは、緊張と不安で押しつぶされそうな自分がいるからなのかもしれない。
そう感じながら、制服に袖を通し、登校準備をしていると


ーーーピンポーンーーー


https://onl.la/PgyUWvL


家のチャイムが鳴る。
こんな朝から誰だろうと不思議に思いながら、ドアを開けると関谷が立っていた。

「よっ、一緒に行こうぜ」
無邪気な笑顔をみせる関谷。

「颯、なんで?」
「は?そんなん理由いらねえだろ。碧と一緒に行きたかったんだよ」

バッグを肩にかけて手招きする関谷。
いつもより照れくさいのを感じながら二人で歩き出す。
その間、関谷は最近あった面白かったことや学校のこと、尽きることなくずっと話してくれていた。
それが余計に申し訳なく感じた星崎が

「ごめんね」

たった一言こぼす。

「俺のほうこそ、ごめん。碧があそこまで追い詰められていることに全く気づけなかった」
深く謝罪する関谷に

「ううん、今日こうやって不安な時に来てくれたこと嬉しかった」
素直に感謝を伝える星崎。

「あいつらも俺と同じこと考えてるみたいだな」
校門にいる滝川たちを指差す。

「星崎先輩〜!おはようございます!」
ジャンプしながら大きく両手を振る滝川と花森。その隣に月城も待っていた。
その様子がとても眩しくて胸が温かくなる星崎。

「滝川くん、花森さん、月城くん、おはよう」
星崎が挨拶をすると花森が一歩前に出て、バッグから一冊の本を取り出す。

「星崎先輩。あれから、考えてみたんです。『ロミオとジュリエット』について。僕たちだからこそできる何かがないかなって。
それで見つけたんです。これがその台本です」
手に持っていた台本を星崎に渡す。
受け取った星崎はその場でパラパラとめくっていくと、あるページで手を止め、顔を上げる。

「花森さん、これって・・・」
「こんな『ロミオとジュリエット』があってもいいんじゃないかと思って」

その一言を聞いて覚悟が決まったのか

「みんな、今日の生徒会で大事な話があるの。聞いてくれるかな」
星崎の一言に生徒会の誰もが頷く。
それにホッとして校内に入り、廊下を歩く。
理科準備室の前を通ると

「ごめん、話したい人がいるから」


一言断って、別れたあと理科準備室をノックしてから入る。
色んな実験用具が並べられた机の片隅で片山先生が授業の準備をしている。


https://onl.la/rv8hH1M


「片山先生」
恐る恐る声をかけると

「星崎さん、おはようございます」
星崎の姿に気づき、手を止めて駆け寄る。

「おはようございます。片山先生、この前はありがとうございました」
「いえいえ、今日はあの時より少しは元気そうでよかったです」

「それで、あの・・・今日。生徒会の時に、みんなに話そうと思うんです。一人だと上手くできるか自信なくて、片山先生がいてくれたら言える気がして。
見ているだけでいいので、いてくれませんか」

あと少しの勇気が欲しくて、頼んでみる星崎。
その申し出に片山先生は少し考え込んでから

「いいですよ。私がいることで少しは力になれるのなら」
快く申し出を受け入れてくれた。

「本当にいいんですか」
断られると思っていたので、大きく驚く星崎。

そして
「ありがとうございます!」


これでようやく準備は整った。

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