連載小説『キミの世界線にうつりこむ君』第六話 縛られる正しさ
足取りは重くなりつつも、進路支援室に向かおうとする花森。
(何の話か予想はつくけど、仕方ない)
自分にどうにか折り合いをつけようとしているが、緊張でいっぱいになる。それでも一歩踏み出し、ドアを開ける。
すでに宮野先生は座っており、待たせてしまったようだ。
「遅れてすみません」
顔色を伺いながら一言言って着席する。
「単刀直入に言うけれど、花森さん。あなたはこの学校に女性として入っているのよね」
どこか違和感を感じながらも静かに同意する。
「それなら、どうしてこんなに髪を短くして男子のように振る舞うのかしら」
「これは・・・私、いえ僕の勝手かもしれませんが、僕は・・・」
訴えるような目で必死に見つめるが、言葉が思うように出てこない。
「はあ・・・。花森さん。あなたの事情は知っているけれど、学校は集団生活の場。女子は女子らしく、男子は男子らしく振る舞わなければ変になるのよ」
じわじわと追い詰めるように、ゆっくりと話す。
「宮野先生は”変だ”ってそう思っているんですか」
聞きたくもないのに聞いてしまう。
「そうね。少なくとも私は、そのような生き方を認めたくはないし、認める理由がないもの」
はっきりと冷酷なひと言を放つ。その言葉に涙目になりそうになる。
(負けるな、負けるな・・・。泣いちゃいけない。私は変じゃない)
必死に耐えているのに、その思いと裏腹に涙が止まらない。
「宮野先生も母と・・・母と同じことを言うんですね」
ようやく振り絞った一言。
「え?」
「この世界なんか嫌い。男だとか女だとか、それだけで全てが決まってしまう。最初からそんなのなければ、なければ!」
感情的になり、進路支援室をダダダッと出ていってしまう。何が起こったのかわからず、その後ろ姿に唖然としている宮野先生。
勢いそのままに学校から出て行き、家へと向かって走っていく。周りの音なんて耳を傾けず、ただこの感情を消す方法がほしくてひたすら走る。
ーーーガラッーーー
「今日は帰り早いね」
リビングから母の声がする。リビングにいくと台所で母が夕食の準備をしているのが目に入った。
「おかえり。部活、今日はなかったの」
「うん」
「そうそう、女子バレー部どう?朱音は私に似て可愛い女の子なんだから」
(グサッ)
心に槍が刺さったような気持ちになる。
「将来は、いい旦那さん見つけて結婚して幸せな家庭を築く時がくるんだから。男の子っぽく振る舞うのは、もうやめなさい。みっともないんだから」
自分の理想を次々と並べていく。
『当たり前の幸せを当たり前に過ごす』
それが母の口癖で朱音にとっては、どこにもいけない籠の鳥のように思えてくる。
「お母さん、気づいてるでしょ。本当は」
「朱音、いい?お母さんは朱音のためを思って言ってるのよ」
「そうやっていつも本当のことに気づいてるくせに、気づかないふり。いつまでもしてないで、ちゃんと見てよ!」
ありったけの本音をぶつける。
「まだまだ朱音は子供ね」
ため息をついて呆れ、もうこれ以上話しても無駄だと悟る。
「もういい!」
自分の居場所を無くしたと感じ、家を飛び出す。
そして、行き着いた先は誰も人が通らないようなビルの非常階段。うずくまりながら、ただ時間が早く過ぎて嫌な思いすら忘れたい。
そんな一心だけだった。辺りはそんな思いに呼応するように日が沈み始め、夜の灯りへと景色を変えてゆく。
「僕なんかが、何かを望んじゃいけなかったんだ・・・」
絶望の淵に放り込まれたような、そんな感情が胸の中を渦巻く。
「あれ、花森さん?」
部活帰りに自主練としてランニングをしていた滝川が通りかかる。それに気づいたのか泣いている姿を見られたくなくて顔を背ける。
それに気づいたのか、ひょっこり顔をのぞいてくる。
「泣いてるの?」
気づいてほしかったようで気づいてほしくなかったそんな一言。
「泣いてないです。見間違いなんじゃないですか」
「じゃあ、どうしてそんな苦しそうな表情(かお)してるの」
肩を掴んでまっすぐ見つめる。その視線にすがりつきたくなってしまいそうで肩を震わせる。
「滝川先輩には関係ないです。早く行ってください」
頑なに拒もうとするが、その忠告は叶わない。
隣にちょこんと座って寒そうな手に吐息を吐きながらじっと待つ。風の冷たさが、さらに強くなって来ても待ち続けている。ただ、花森が話してくれるその時を。
呆れたように
「滝川先輩って意外と強情なんですね」
涙を拭きながら言う。
「それ、よく言われるよ」
立ち上がって背伸びする。
「僕、どこか自分が自分じゃないって感じで生きてるんですよね。身体は女性なのに、心はそうはいかなかった。女性を見るたびに『自分は?』って感じて寂しくなるんです。そこから人を好きになる気持ちもわからなくなって・・・」
切ない声でポツリポツリ話し始める。心の叫びを一つも聞き逃さないように耳を傾ける。
「でも、小学六年生の頃に初めて人を好きになれたんです」
思い出したようで少し照れくさい表情に変わる。
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