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連載小説『キミの世界線にうつりこむ君』第四十話 『ロミオとジュリエット』

盛り上がりをみせている水標祭。
行列ができたり、写真を撮っているお客さんがいたりと賑わっている。
そのなかで

「体育館はどこだ・・・」
パンフレットを凝視しながら体育館へ向かおうとする蓮がいた。

「あの・・・体育館ってどこにありますか」
近くにいる白衣の男性に尋ねると

「あれ、碧さんのお兄さんじゃないですか」
声をかけた相手は青野先生だった。

「先日はありがとうございました」
一礼する蓮。

「ちょうど、僕も行こうとしていたので一緒に体育館に行きましょうか」
少し前を歩きながら案内する青野先生。
ようやく体育館に着くと、観客席はすでに生徒とお客さんでほとんど埋まりつつあった。

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「まだ始まるまで三十分もあるのに、こんな早くから埋まるんですね」
予想以上の注目度に目を丸くする蓮。

「まあ、水標祭のメインイベントと言っても過言ではないくらい人気なんですよ。生徒会劇は」
観客席を見渡しながら空いている席がないか探す青野先生。
その時

「青野先生!こっち空いてますよ」
後列の右端に座っている片山先生が手を振って教えてくれる。
そこへ向かい、席に並んで座る二人。

ーーー ブーーー ー

劇の開演ブザーが鳴り、幕が上がる。


「舞台も花のヴェロナにて、いずれも劣らぬ名門の両家にからむ宿怨を今また新たに不祥沙汰。
仇と仇との親よりも生い出し花や、呪われの恋の若人、あわれにも、その死に償う両家の不和ー」

ナレーション担当の月城の声から始まり、上手からティボルト役の関谷が出てきて、左腰元から剣を素早く抜き

「ベンヴォーリオ、相手は俺だ、観念しろ」
威嚇するように言う。
そこから物語は進んでいく。

そして、ステージに舞踏会の背景が映し出されると、下手側からスポットライトが当てられ、青色のタキシードをまとって、仮面をつけたロミオ役が現れる。

「おお、一きわ鮮やかなあの美しさ、まるで炬火に輝くすべを教えているかのようだ!ー
この踊りが終われば、あの姫の居場所を見届けた上で、一つあの手に、俺のこのむくつけき手を触れてみたいものだ」

ジュリエットの姿をしたシルエットにそう告げるロミオ。
仮面をつけているせいか、誰がロミオ役を演じているのか全くわからない状況だが、観客席にいる女子生徒集団から

「かっこいい・・・」
黄色い歓声が上がる。
それだけに、誰がロミオを演じているのか誰もが気になっていた。

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場面が変わり、次はバルコニーの背景が映し出される。
下手側にジュリエットのシルエットが照らされ、上手側からロミオがやってくる。
そのロミオは先ほどつけていた仮面は外されていた。

「ロミオ役は星崎さんだったのね!」
ところどころ声が上がる。

「お言葉通り頂戴しましょう。ただ一言、僕を恋人と呼んでください。すれば新しく洗礼を受けたも同様、今日からはもう、たえてロミオでなくなります」


バルコニーに立つジュリエットに向けて右手を伸ばしながらセリフを言うロミオ役の星崎。
ロミオとジュリエットの愛は物語を進めていくごとに大きくなっていき、いよいよクライマックスとなった。


仮死状態となったジュリエットの姿を見て、死んだと思ったロミオは毒薬を飲み干して死んでしまうシーンが終わり、暗転する。

再び照らし出されたステージの中央には赤いドレスに身を包んだジュリエット役の星崎が立っている。
その瞬間、観客席にどよめきが起こる。

「え?星崎さんってロミオ役やってたよね」
「なんで男も女もやってるの・・・?」


何が起きているのかわからず困惑する観客席。

「おお、あれは人声?
ぐずぐずしていてはいられない。おお、嬉しいこの短剣!この胸、これがお前の鞘なのよ。
さあ、そのままにいて、私を死なせておくれ」

そう言って左胸に短剣を突き刺したジュリエットの星崎。



そこで幕は閉じられ、完全に観客席は置いてけぼりをくらったまま、カーテンコールが始まろうとする。
上手側、下手側から一人ずつ出てきて一礼していく。

最後に星崎が上手側から歩いてくる。
その時の星崎は青色のタキシードでもなく、赤色のドレスでもなく、白シャツに白のズボンを着た状態だった。
その姿に苛立ったのか観客の一人が立ち上がり、

「おい、何がしたいんだよ」
罵声を星崎に浴びせる。
それを黙って受け止め

「まずは生徒会劇『ロミオとジュリエットを最後まで観ていただき、ありがとうございました。
この場所をお借りして話すべきか迷いましたが、生徒会長として、一人の人間としてお話しさせてください」
マイクを持つ手が震えているのを必死になんとか耐えながら話し出す星崎。

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「この生徒会劇『ロミオとジュリエット』を上演するにあたり、たくさん考えたことがありました。ロミオ役が一番だという声、ジュリエット役がいいのではという声・・・」
観客席にいる一人一人を見る星崎。

「そのなかで、わたしはいつもどちらかでいなきゃいけないんだとそう思っていました。生徒会劇のことだけでなく、これまでもそうでした。
でも、どっちかでいることがいつの間にか苦しくなってきているわたしがいました」

マイクを持つ手の震えがさらに増していく。
そのせいでマイクが手元から離れて

「あっ」

落ちそうになるのを必死に手を伸ばすが、間に合いそうにない。
諦めて目を閉じて耳を塞ぐ。
しかし、落下音や鈍い音が鳴ることはなかった。恐る恐る目を開けるとステージ下では新聞部の榛名がマイクをその手に持っていた。

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