穏やかな闇を進む考える蟻
どうも。インターネットという踏み荒らされた地で躍る命を鑑賞して悦に浸っている悪ガラスです。
これは、とある一匹の蟻が体験した、
不思議な一日のお話です──
俺は探している。
エサという生きる時間を求めている。
それも結局、死ぬまでの暇潰しだ。
「何で生きてるか」とか、そういう意味すら考えない奴等ばかりだった。
俺は、考える事が出来てしまった。
だから幸か不幸か、巣の為に働くという事が出来なかった。
俺は与えられた役割から抜け出して、旅に出たんだ。
自分の為にエサを探して、それで今困ってる。
ずっと遠くまで行ってもいいのは、こうなって良かった所だ。
エサを運びに巣に戻る手間もない。その場でありつける。
最高だ。まぁ、出来なきゃ死ぬだけだがな。
俺は小さい。それに無力だ。
寒い朝は堪える。
巣にいた奴等みたいに、何も考えずに一生を終えられたら、
こんな自分の弱さに気付かずに、傷付かずに済んだのだろうか。
あれ?ここはどこだ。俺は確かに、"あの場所"にいたはずだ。
こんな知らない、"どこか"じゃなかったはずなんだ。
区切られた茂みの縁に立って、辺りを眺めてみた。
冷たい。それに硬い世界だ。
ここは、ニンゲンがいるべき世界だ。
俺は、そこに迷い込んだんだ。きっと。
俺は慣れている。
エサを探しにいくといつもニンゲンがいて、硬いものが広がっているんだ。
それにしてもここは異常だ。ニンゲンが多すぎる。
きっと、美味いエサもあるに違いない。
危険も多い。慎重にいこう。
近付いてよく見ると、偽物の葉だった。
初めて見た。
ニンゲンは、こんな凄いものに気付かずにどしどしと歩いているのか。
俺はニンゲンが羨ましく思う。
持て余す程の技量と時間を持ちながら生きている。
ただ、俺より沢山の事を考えられるはずなのに、
俺のよく見るニンゲンは、考えている様には見えない。
きっとニンゲンには、ニンゲンなりの与えられた役割があるんだろうな。
広い。広すぎる。
色々な形の地面を歩いたが、エサらしいものもない。
いつも命の危機だけが、俺を動かす。
まずい。
恐ろしい生き物に乗ってしまった。俺は死ぬのか。
そっか。
何故か、不思議と飲み込めた。頭では。
無力だって分かってるからなのかもしれない。
それでも、身体は必死に生きようとするんだ。
俺はなんとか生きた。
ここは冷たい。分からない、ただ怖いものしかない。
ここには沢山のものが、沢山の生き物がいるのに、
何もない様に感じる。
苦しい。
エサの香りがする所に来たが、ここは何も生きていない。
俺がいつも見てきた汚れというか、"生き物らしさ"がない。
俺はニンゲンを生き物だと勝手に思っていたが、
本当は違うのかもしれない。
分からない事ばかりだ。
ニンゲンは、こういう事も分かって生きてるんだろうな。きっと。
だから何かを目指して歩き続けてるんだ。
俺の心には、"危険"と"安全"しかない。
何かを恐れたら、逃げるしかない。
逃げて、逃げて、怠けてきた。
生きる為には、いつかそういうものと向き合わなくちゃいけない。
そんなの分かってた。
これは……?
あぁ……綺麗だな。
こんなの、見た事なかった。
エサかと思ったが、エサではなかった。
ニンゲンはこういう俺の目線まで下にあるものでも、
読んだり楽しんだりしているのか。
選択肢があるというのは、恵まれているな。
やっとエサを見つけた。俺にはもったいない程、甘かった。
齧られた跡はまだ仄かに湿っていた。
帰れない。どこなんだここは。
歩いても歩いても、怖い。
俺は潰されそうになった。何度も、何度も。
もし俺が潰されても、ニンゲンの世界では何も起こってないんだ。
それくらい、俺は小さくて弱い。
こことは違った、陽の光がとても遠くに見えた。
俺はその遠くに、届かない気がした。
引き返した。帰る場所もないのに。
もう疲れた。
俺はまた逃げる様に隙間に隠れた。
背後には闇がある。
俺は普段から"危険"としていたそれに、安堵すら感じていた。
俺は闇の中を、進んだ。
そこが安全な気がしたんだ。
本当は、エサを探したかったわけじゃない。
俺、帰りたかったんだよ。あの巣にさ。
でも忘れちまったんだ。
それがどこにあるのか、俺がどこにいるのか。
勝手に皆を捨てて、"奴等"とか蔑んで、それで抜け出したのに。
俺は、孤独ってやつから逃げ出したくなったんだよ。
いつも逃げてばかりだ。
俺が迷い込んだ"どこか"はきっと、
"ニンゲンの巣"なんだと思う。
あそこは気持ち悪かったけど、何故か近しいものを感じた。
俺は、ここでこのまま死ぬんだろうな。
それが考えられる様になった俺がした事に対する罰なんだ。
でもさ、俺、帰りたくなったんだよ。
ニンゲンの巣を見て、俺、蓋をしてきたというか、
逃げてきた自分の気持ちに向き合えたんだ。
俺、皆と生きたいから。
あ、
夕陽だ。
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