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アウディに乗る妻と中年男③【最終回】

【前回までにあらすじ】
仕事に行き詰まりバイトをすることにした俺。紹介されたのは反社じみた探偵事務所。先輩の史織と医者の妻を尾行する依頼を受けた。アウディに乗って毎晩会いに行くのは貧乏そうな中年男。毎日同じようにカーセックスに興じる2人を俺と史織は2週間撮影し続けていた。
そして調査期間の最終日がやってきた・・・実話です。

調査最終日。

今日の調査は俺が1人でやることになっていたが、昼間は史織とランチに行った。近いうち温泉旅行に行くつもりだったのでその打ち合わせも兼ねて。

カジュアルなイタリアンの店でボンゴレビアンコを食べながら話をしていたのだが、次第に様子がおかしくなり、温泉の話も半端に店をあとにした。そのまま2人とも無言で近くのラブホテルに入って、激しくセックスをした。

俺にはすぐに分かった。史織は元なのか現なのか分からないが、風俗嬢だ。
セックスが上手いとかそういうことじゃない。風俗嬢でも下手な人はごまんといる。しかし風俗嬢のプライベートのセックスは、それを知っている人にはすぐにピンとくるものだ。汗だくなってこんなに激しく求められているのに壁を越えないようにしているのが分かる。それは意図的なものではなく、無自覚なもの。風俗嬢の人生を困難なものにさせる原因のひとつだ。

俺は気づかないようにしていたが、セックスが終わりシャワーを浴びて戻って来た史織が言った。
「アキラがちょっと普通の人じゃないこと、分かったよ」
俺は背中を向けて眠っているふりをした。
「私で良かったら、バイト辞めても一緒にいて」
史織を抱き寄せてから、俺はシャワーに行った。温泉は函館の湯の川に行くことにした。

史織は今夜の調査には行かないと言った。彼氏との別れ話をするつもりらしかった。
「ずっと仲が悪くて。ケジメつけなきゃと思っていて」そう史織が言う。
「叩かれたりしないように、ファミレスかどこかで話しなよ」
「そうする。終わったら連絡するね」

俺は一度自宅に戻ってベッドに横になった。今夜の調査に備えて寝ておくことにした。
昨日、あの男は警察に飲酒運転で捕まった。裁判まで数日あるから今日はまだ運転できるはず。今日はあの女と会うのだろうか。今後、男は運転できなくなってどうやって密会する気だろう。自転車にでも乗って会うつもりなのか。

まあ、どうでもいい。たかがバイトだ。適当にやって終わらせよう。あのアウディ妻は頭が弱そうだが、いい身体をしている。いろいろとハードルが低そうだから俺でも近づけばやれるんじゃないか・・・そんなことを考えながら、いつの間にか眠っていた。

21時。
いつもの駐車場に行く。今日は事務所の車ではなく、自分の車。古いVWゴルフ。ポンコツすぎてエンジンがうるさいので、調査には向いていないのだが。
二人がやってくるのか待ち構えていると、やはり同じようにアウディが入って来た。そして男のリベロも来た。昨日の逮捕なんて関係なく会うのか。

アウディ妻はまたワンピースを着ている。相変わらずいいケツをしている。俺にもやらせろよと独り言を言いながら、カメラを準備した。
いつものようにカーセックスが始まる。俺が近づいていき撮影する。

実は、依頼者からの伝言として聞いていたことがあった。
「最後は妻に気づかれてもいい」ということだ。

思い切って撮影してくれと。

言われる通り、今日は隠れずに車の真正面から立って撮影してみた。女は男の上に跨って腰を振っている。喘ぎ声まで聞こえてくる。しかし男も女も俺が車のそばに立っているなど気づかない。

駐車場の街灯に照らされ、女のケツが丸見えだった。ケツが汚くてびっくりした。ケツの汚さに育ちの悪さを感じる。アウディ乗ってカッコつけていても、ケツが汚いなんて様にならないな。
至近距離から撮影しても2人とも気づかない。間抜けなもんだ。

20枚撮影し、俺を車に戻った。これですべての調査は終わりだ。いつものように23時になると二人は帰っていく。
俺も帰ろうとしたとき、史織から電話があった。

「彼氏と別れたよ」と史織。
「叩かれなかったかい」
「大丈夫」
「いま撮影終わって帰るところ」
「お疲れ様。どうだった」
「女のケツが汚かった」
「想像がつくしなんならあそこも臭そう」

ほとんど悪口でしかないが、まあきっとそうだろう。
電話を切り、俺は自宅に帰ろうと車を走らせた。

田舎道を走らせていると小綺麗な銭湯があり、その駐車場にあのアウディが停まっているのを見つけた。深夜まで営業している新しい銭湯だった。
なるほど、煙草臭さとスケベな臭いを銭湯で消してから家に帰るのか。納得だ。

別にその必要もないが、俺はアウディの隣に車を停めた。女が銭湯から戻って来るのを待った。
30分くらいぼんやり待っていると女が戻って来た。デニムにニットというカジュアルな服に着替えている。おっぱいはデカい。やりてえな、エロいなと思った。品の無い女を適当に犯すのも悪くない。妄想だけども。

女は俺の視線に気づかず車に乗り込んだ。そして携帯をいじっている。きっとあのリベロの男にメールをしているのだろう。今から帰るとかなんとか。また明日ねとかなんとか。
楽しそうで何よりだ。

アウディ妻が車を出発させると、俺もほぼ同時に車を出した。アウディを自宅まで見届けてみようと思った。特に意味はない。どうせ調査も終わったし、近日中にはあのおっさんも運転免許が無くなる。俺も史織もこのバイトをもう辞めるつもりだった。最後に悪戯でもしてみようかという気持ちになったのだ。

もう隠れて尾行することもない。アウディの真後ろに付いて走っていく。

アウディ妻は最初は自宅に向かって走っていたのだが、やがて後ろの俺に気づいたようだった。コンビニの駐車場に停まり、誰かに電話しているのが見えた。しかし電話に出ないのか、メールをしている。
きっと不倫相手のあのおっさんだろう。
「後ろを付けられているの、心当たりある?」とか言ってるのかもしれない。
おまえの旦那が依頼した調査員だよ。お前の旦那に電話して相談しとけよと、俺は吹き出しそうになった。
リベロのおっさんはもう家に入ったので電話に出るわけもなく、メールの返事をすることもないだろう。それにもう家でビールを飲んでいる。女を助けようと駆けつけるのは絶対無理だ。

諦めたのかアウディ妻はまた走り出す。
しかし今度は自宅とは反対方向に向かった。このまま自宅まで帰ってはいけないと思ったのかもしれない。

ああ、なるほど、リベロおじさんの妻が依頼した浮気調査だと思っているのか。
いや、そうだとしたらこんなに近くに接近しないだろう。そしてあの貧乏な家の妻が数百万円かけて尾行調査なんか依頼できるわけがな。

アウディ妻は自宅とは逆方向に走り、それをずっと追いかける俺。右折すると俺も右折する。左折すると左折する。車間距離はそう離れていない。明らかに追いかけられていると分かる距離で付いていく。

いきなりアウディ妻がスピードを上げる。そうすると俺も付いていく。アウディとは言え、中年女性の運転だ。そんな鋭い挙動が取れるわけがない。直線で時速80kmくらい出すのが精いっぱい。それじゃ尾行を撒くなんて無理だよ奥さん。

アウディはさほど広くない田舎町の端から端まで走り回る。いつまでも自宅方向に向かおうとしない。
助けを求めたくても求められない状況だろう。執拗に尾行してくる車が、自分の不貞を暴こうとする人間だと思っているに違いない。

23時にいつもの駐車場を出発してから、明け方の4時半まで、人口15万人にも満たない小さな田舎町の中をアウディ妻は逃げ続けた。へとへとだろう。

最後にアウディ妻はまた突然スピードを上げる。やけくそのようにスキール音を盛大に響かせながら住宅地の中に右折していく。そして大きな音。民家の前の鉄製のごみ集積所に衝突したようだった。

さよなら、アウディの奥さん。

明け方4時半に物損事故を起こして車を壊し、旦那にどう言い訳するのだろう。苦しいだろうね。旦那は既に多くを知っているわけで。
朝、リベロのおっさんがメールに気づいたところでもう遅い。

翌日、撮影したものを事務所に出した。そしてバイトを辞めると社長に告げた。社長は俺には目もくれず、興味無さそうに「事務からバイト代受け取って帰れ」とだけ言った。
バイト代は12万円。夜に数時間働いてこの額だったので、まあ悪くはないだろう。これで史織と温泉に行こう。

その日の夜も、不必要にいつもの駐車場に行ってみた。22時になっても2人とも来ることはなかった。待ち合わせ場所を変えたのか。リベロのおっさんの家の前に行ってみると、車が停まっていた。
今日は会わないんだな。

その1週間後、2週間後も付近を通ってみたが、もうあの二人の車を見ることはなかった。

アウディ妻の自宅の駐車場には、修理の代車と思われる「わ」ナンバーのトヨタが停まっていた。しかし夜も出かけることはないようだった。

史織もバイトを辞める直前だったが、あの二人がどうなったのか訊いてみた。するとこう言った。

「夫は、訴訟にはしなかったみたい。そもそもそういう目的じゃなかったらしいね。慰謝料なんて求めてもあのおじさんに払えるわけがないし、金持ちが200万円もらっても意味がないでしょう。だから、男への社会的制裁を望んでいたみたい。あれから男は飲酒運転で免許取り消しになって、仕事も解雇されたと聞いたよ。運送会社のドライバーだったからもう人生は終わりだね。偶然だったけど、飲酒してることを知ったからやれたこと」

「なるほど」

「そしてなぜか知らないけど、妻は帰りに事故ったみたい。大きな事故じゃないみたいだけど」

俺は史織に事故の顛末を教えていなかった。

きっと妻は自宅に帰ってから夫に色々言い訳しただろう。でも夫は冷静に不倫の証拠写真を見せたに違いない。

訴訟と言っても、社会的に立場のある人間が簡単にやれることではない。まさに醜聞でしかない。妻の浮気で訴訟沙汰にしているなど他人に知られたくないものだ。

その代わり、社会的制裁を加える方法をずっと考えたいたのだと思う。今回はたまたま飲酒運転を知ったのと、妻の事故があったのでそういう形で収まったが、もしかしたらもっと怖い方法が用意されていたのかもしれない。
妻は離婚もできず不倫もできず、退屈な生活に戻っただろう。

「そんな粘着質で神経質な夫だから、あのリベロのおじさんの適当さに癒しを感じたのかもね」

「まあ、どっちもどっちだな」

それで調査は全て終わった。

史織とはその年の冬に温泉旅行に行った。
俺がエロの仕事をしていることを教えたら史織は面白がってくれて、一緒にやることになった。史織はやはり10代の頃に風俗嬢をしていたと言う。それで1,200万円ほど稼ぎ、浮気調査のバイトなんかをしながらフラフラしていたというわけ。

そこから現在に至るまで、史織は俺の事務所にいる。
探偵事務所は倒産した。社長は行方不明になった。史織は社長に200万円を貸したが戻ってこなかったという。ろくな人間じゃなかったからたぶん死んでしまっただろう。

リベロの中年男はどうなったか。あの直後に自宅は空き家となり、翌年解体された。しばらく空き地だったが、今は新築された小さな家に若い家族が住んでいる。アウディ妻の夫が飲酒運転の摘発だけで済ませるわけがない。きっとカネ以外のものを取られてしまっただろう。

そしてあのアウディ妻は現在どうなったのか。夫はある地方選挙に立候補し当選した。その夫のとなりにいて、支援者に頭を下げていたのが、間違いなくアウディ妻だった。

きっと今も不倫しているだろう。すっかりおばさんとなって巨乳でもなくいいケツでもない。でも性依存に一度落ちた女が放つ臭いは変わらないものだ。今も粗末な男と毎日のルーティンを繰り返しているのだろうと想像している。


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