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アウディに乗る妻と中年男②

【前回までのあらすじ】
生活に困った「俺」は浮気調査のアルバイトをすることになる。そこは反社じみた探偵事務所。先輩風を吹かす史織と、金持ちの人妻を尾行することになった。人妻が密会していたのは貧乏そうな中年男。あまりにもの格差とその哀れな雰囲気に混乱する俺。史織は二人のカーセックスを撮影することに成功するが、探偵事務所の社長からはあと二週間毎日記録を取り続けろと言われるが……実話です。


史織と俺は全身黒づくめの服を着て毎晩20時30分に事務所を出発し、現場である体育館の駐車場に21時に着く。駐車場には誰もいない。車の中で不貞行為をする2人がやって来るのを待ち構える。

アウディ妻と貧乏そうな中年男との逢瀬は毎日同じことの繰り返しだ。
21時30分にアウディ妻がやって来る。21時45分に男がやって来る。男の車に乗り込んで、すぐにカーセックスが始まる。そして23時30分に女がアウディに戻り、男は去っていく。女もまたその2分後に車を発進させ、駐車場をあとにする。日付が変わろうとしている駐車場は突然静けさに包まれる。
その繰り返し。

男と女というのは、なぜいつもルーティンのように同じことを繰り返すのだろう。別に不倫に限ったことじゃない。高校生のカップルだって同じだ。同じ時間に同じことを毎日繰り返す。同じ場所で待ち合わせ、同じ時間に一緒に下校し、同じ時間に駅で見送る。
しかしそれが退屈かというとそうではなく。何年も何年も同じことを繰り返すことがいい恋愛なのだと言えるのかもしれない。

世の中にはたった一ヶ月すら同じことの繰り返しができない人はいる。気まぐれと思い付きで一瞬恋愛ごっこが盛り上がるだけで、毎日メールをするとか、毎週会うとか、そんな習慣化ができないまま飽きて恋愛関係を放り投げる人がいる。だから何歳になっても誰とも信頼関係を築くことが出来ないし、信頼関係とは何かすら知らないまま歳を取る。

俺も18歳から22歳までの4年間は男と女の夜の仕事をしていて、毎日同じことを繰り返した。曜日ごとに決まった熟女が現れ、会うたびに同じことをする。同じ店で食事をし、同じホテルに入り、同じ段取りでセックスをして、同じ時間にホテルを出て、同じようなことを話し、同じように熟女のケツを触ってから電車で帰っていくのを見届ける。
そしてそのあとでまた同じ時間に二人目の客と会い、いつもと同じ段取りでセックスをして、別れる。
深夜に三人目もあるが、やはりいつもと同じルーティンがある。
さらに俺は事務所から出て歩いて家に帰る時、マイルストーンにしていたマンホールまでの歩数を毎日同じになるように慎重に歩き、アパートの部屋には左足から入ると決まっていた。

同じことの繰り返しはその恋愛、その人間関係を豊かにしてくれると俺は信じている。気まぐれを入れ始めるととたんに関係性は壊れる。相手がまともな人であればあるほど。

「アキラ、食べな」と史織が俺に何かを渡す。車の中が暗くてよく見えなかったが、目を凝らして見たらクロワッサンだった。生クリームとチョコレートが詰まっている。
「ありがとう」そう言って一口食べた。口の中に甘さが広がる。
「夕方、パン屋で買ってきたんだ」そう言いながら史織も頬張っている。

コーヒーでクロワッサンを流し込んでいると、アウディがやって来た。続いて中年男の臭そうな三菱リベロも来て横に並ぶ。21時45分。いつも通りだ。

そして21時50分にもぞもぞ始まる。21時55分に俺はカメラを持って近づいていき、運転席のドアの下にしゃがんで中の様子を撮影する。20枚くらい撮影し、また自分の車に戻って来る。

「しゃぶってるね、奥さん」
画像を見るとアウディ妻が車の中で四つん這いになり、運転席のシートを倒して横たわる男の股間に覆いかぶさっている。
「カーセックスってね、ほんと車の外の様子が分からなくなるのよ。狭い空間でくっつき合うから、車の外が見えづらいの」
史織がそう言う。
確かにそうだな。だから気が付くと車を取り囲んでギャラリーがいたりする。

そして23時30分。二人は帰っていく。そして俺と史織も帰る。

次の日も、次の日も、同じことを繰り返していた。俺と史織も毎日同じクロワッサンを食べては、他人のセックスを撮影し、同じ時間に帰った。

そして4日目の日曜日。俺はふと思い、もう一度女の自宅から尾行をしてみることにした。この駐車場での毎日のルーティンはもう見慣れてたけれど、ここに着くまでにこの人妻はどんなことをしているのだろう。初日にはどこにも立ち寄らずに駐車場まで運転してきたが、毎日本当に同じなのか。

初日は21時に出発したアウディ妻だったが、その日は20時に出発した。前回よりも一時間早い。俺と史織はカローラワゴンで後ろをつけていく。
しかしやはりいつもの駐車場が近づいてくる。今日はたまたま早かっただけかと思っていたら、アウディがコンビニの駐車場に入る。

アウディ妻が車から降りる。ワンピースを着ている。相変わらずいいケツをぷりぷりさせて店に入っていく。
史織も後を追って店に入った。どうせ飲み物を買うのだろうと俺は思っていた。アウディ妻が5分ほどでレジ袋を持って出てきた。そのあとで史織も同じく袋を下げて出てくる。

「店の中まで行くことなかったんじゃないの」と俺は言った。

「尾行中のコンビニは、相手の身長や体臭なんかを簡単に調べられるからね。身長は160センチ弱、体重は50キロないくらい、髪の毛は4NBくらいに染めてる。香水はなし。財布は男物みたいな二つ折りのものを使ってる」

二つ折りの男物の財布か。風俗嬢をしていた人にたまにいる。何故かは知らない。俺の夜の商売でも1人いて、男物の革財布をジャケットのポケットから出してサッと会計をしていた。颯爽としてカッコよかったな。

「買っていたのはラーク三箱。それとエメラルドマウンテン二本。マクビティのビスケットとチップスター」

「タバコまで買ってやるのか。缶コーヒーとタバコなんて臭そうだな」

「それとね、缶ビール。500mlを4本」

「ビール?男が車で飲むのか。飲酒運転だろ。」

「田舎道だから平気なんだろうね」

そういえば女が車から降りてリベロに乗り込む姿は初日しか見ていない。あの日以外はこうやって食べ物や飲み物を買い込んで行くのだろう。あのリベロのおっさんは車でセックスばかりかビールを飲んで、女に買ってもらった煙草を吸って、飲酒運転で帰るわけか。
でも女は煙草の臭いをさせて家に帰れないだろうに。

その日もまた同じことの繰り返し。土日も平日も同じことの繰り返しだ。

「アキラ、来月は時間ある?温泉に泊まりに行こうよ」

「温泉か、いいね。行こうか」

「驚かないの?こういうこと言って」

「別に驚かないよ」

史織と温泉に泊まってどういう関係になるのか分からないが、どうなっても別に俺はいい。でも史織は俺の素性を知ったら驚き、去っていくのかもしれない。去らないかもしれない。

調査開始から13日目の夜。撮影もあと2回で終わりなので今日もサクッと終わらせようと思っていた。
いつものようにカーセックスを撮影し、遠くから二人が乗った車を眺めていると、やはり今日もビールを飲んでいるようだ。

史織はふと思いついたように、携帯電話を取り出した。かけた相手は地元の警察署だ。
駐車場で毎日酒盛りをしている車がいて、23時3分頃に飲酒運転をしてスピードを出して帰っていくので取り締まってほしい、という要望を伝えた。車種とナンバーも。

驚く俺。
確かに、23時3分には飲酒運転でスピードを出して家に帰る。その瞬間にパトカーに停められたら、免許取り消しは避けられない。
警察署からここまでパトカーが駆け付けるまで15分はかかる。運が悪ければリベロのおっさんは捕まり、終わりだ。きっと仕事も解雇される。今日捕まらなくても明日も警察はやって来る。

「あの奥さんの夫がそうしろだって」と史織。
「あ、そういうことか」

そして23時になり、リベロのおっさんが帰ろうとする。アウディ妻も車を出した。リベロが道路に出て交差点を曲がったところで運が悪くパトカーがやってきた。アウディ妻はそれに気づかず走り去っていく。

俺と史織はゆっくりと車を出し、リベロの様子を見た。警官二人がリベロの横に立ち、おっさんと何か話している。懐中電灯で車内を照らしているのが分かった。
1リッターもビールを飲んでいたらもう終わりだよ。もう車に乗って女に会いに来ることもできない。裁判もあるし罰金もある、そして免許の欠格期間は最低でも二年だったはずだ。

俺と史織はおっさんと警察官の横をすり抜け、事務所へと帰った。これで明日の撮影は無しになるのかと思っていたが、裁判になるまでは車に乗れるらしいのできっと明日も同じことをするだろうのだろう。

明日が最終日だ。

「明日はもしかしたら来ないかもしれないから、アキラが一人でやってくれる?」事務所から帰る時に、そう史織が言った。そして帰り際にハグをした。

「温泉、計画しようね」史織が言う。

最終日の明日、もしかして波乱が起きるのではないかと勝手に想像して家路についた。

【次回は最終回】

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