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「しんどさ」を評価する(10/19ABE研究会レポート)


こんにちは! 研究所スタッフのくじらです。

2019年10月19日、ABE(Art Based Educations)研究会を開催しました。

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ABE研究会は、アートを使った教育(=ABE:Arts Based Education)について考え、試み、新たなものを創り出すための研究会です。2017年に発足し、現在第4クール目に突入しました。講師陣は、それぞれ現場でアートを使った教育を実践してきたオーハシヨースケ、岩橋由莉、羽地朝和の3名。


今回の第4クールで取り扱うテーマ、「ABEの効果測定」は、その集大成と言えるかもしれません。

非言語の体験を言語化、数値化したりすることはむずかしく、アートを使った教育で生まれた効果を目に見える形で(点数や統計など)測定しづらい、というのは、ABEが抱えてきた大きな課題でした。

参加者が感じている効果を、どのように外部の人に伝えればいいんだろう?

そこで今回、仮に「ABE振り返りシート」を作成しました。

ABE振り返りシート

これはアンケート形式のプリントで、質問事項はすべてABE研究会の中で作成したものです。

・評価項目を自分たちで言語化すること
・回答する参加者にとっても振り返りになること
・振り返りシートを通じて参加者にファシリテーターの意図が伝わること

を目的としました。(一般的な「セミナー/講義後のアンケート」のように、参加者に成績をつけたり、逆に講師を評価したりすることは、今回は目的にしていません)

第4クールのABE研究会では、前半に講師によるワークショップを実際に体験したあと、実際にこの振り返りシートに回答します。その結果をもとに、前半のワークショップでそれぞれが何を経験したか、そしてそれをどう測定・可視化することができるのか、ということを考えていきます。

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↑振り返りシート記入後の集計

今回は、ABE研究会の3人の講師のひとり、プレイバック・シアターを専門とする羽地さんが前半のワークショップを担当しました。テーマは「原型のものがたり」。ここでは簡単に全体を振り返ってみます。


導入・講義:「無意識とものがたり」


まず円になり、参加者がそれぞれ「最近のできごと」を話します。それ以外にとくに話す内容の指定はありません。ひとりひとりが、ときに先に話した人に影響を受けつつ、自由に話をします。

つぎに、「原型のものがたり」について講義がはじまります。そのときに示されたのがこの氷山の図。

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行動は思考に影響を受け、思考は感情に影響を受ける。そして感情もまた大きな無意識に影響を受けている、ということを示す図です。多くのセミナーや研修では主に行動・思考を扱いますが、プレイバック・シアターでは主に感情を扱います。そしてABEでは、アートを使ってこの大きな無意識の部分までアクセスしようと試みることになります。

では、「ものがたり」はどこにあるのでしょうか?

ユング心理学には「元型」という概念が出てきます。「元型」とはイメージを生み出すもののこと。それが人類に普遍的に受け継がれているとユングは考えました。しかし、今回扱うのは「原型」。羽地さんは、「原型のものがたり」について、「その人の根っこにあるものがたり」と説明します。ふだんは意識していなくても、どこかで強く心惹かれたり影響を受けたりしている、その人にとって特別なものがたり。それがひとりひとりにあるのではないか、というところが、今回のワークショップのスタート地点です。


ワーク①:「くせ」に出る無意識


というところで、ワークに移ります。

まず、誰か1人が前に出て、自分の「くせ」を実演します。ほかの参加者は観客となり、そのようすについて好き勝手にコメントします。

わたしのばあい、実演したのは「靴下をすぐに脱ぐ」というくせ。すると観客席から、

「自由になりたい」

「縛られたくない」

「わたしでいたい」

とコメントが飛びます。わたしはうなずきたくなったり、なんとなく照れくさくなったりしながら、それを聞きます。それを全員が順番にやりました。人のくせをことさら抜き出して見るのはおもしろく、ふしぎな親しみやおかしさが湧いてきます。

上の図で言えば、「くせ」は無意識からあらわれる行動のパターン。それをさらに身体で表現して人の目から見てもらうことで、それぞれが自分の無意識に目を向けていきます。


ワーク②:プレイバック・シアターの手法でものがたりを表現


今回、参加者はあらかじめ「好きな物語、絵本」を持ってくるように言われていました。

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↑参加者が持ってきた絵本の一部

ふたたびひとりずつ前に出て、自分が持ってきた絵本のものがたりを舞台で表現します。しかし、今度は羽地さんから人によってばらばらの条件が出されます。出された条件は、

①舞台の端から歩き始めて始まり、逆の端に着いたら終わる

②椅子から立ち上がって始まり、座って終わる

③布を使って表現する

④無言で表現する

の四つ。これらはすべて、プレイバック・シアターの手法です。表現したあとには、また観客から好き勝手にコメントをもらいます。

「大事なものをひとりじめしたい」

「自由を楽しんでいる」

「ひとりぼっちに寄り添う」

この、「好き勝手にコメントをする」ということのおもしろさがこのあたりでわかってきます。同じものがたりを見ているはずなのに、出てくる言葉が人によってぜんぜんちがう! 自分が「無意識で」どこに目を向け、どんなふうにものがたりを解釈したかが、自然と表現されてくる。また、ここでも「身体で表現し、感想をもらうことで客観視する」というプロセスが繰り返されます。


ワーク③:プレイバック・シアター


ここまで来てようやく、羽地さんのワーク部分のメインとなる「プレイバック・シアター」に入りました。プレイバック・シアターとは、

①その場にいるお客さん(語り手)が、これまでの人生のなかからなにかひとつストーリーを語る。コンダクター(場の進行役)がそれを聞き出し、聞きとる。  ②語られたストーリーを役者が即興で演劇にする。③上演されたストーリーを語り手も共に鑑賞する。

という枠組みで進行する即興劇です。ここまで、

自由に話した「最近のできごと」(導入)

無意識の行動のくせ(ワーク①)

自分が選んだ絵本のものがたり(ワーク②)

という風に進行してきましたが、ここでいよいよ「自分自身の人生のものがたり」を語り、演じてもらうことになります。

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↑別のワークショップでのプレイバック・シアターの様子

今回は人数が少なかったため、全員のものがたりを見ることができました。誰かが自分のものがたりを語ると、見ていた人もそこからなにか想起するのか、おたがいの語るものがたり同士がどこかつながりあいます。ひとりが犬について語ると、次の人も自分の犬のことを語りはじめるように。また同時にものがたりは、ひとりひとりが今日これまで表現してきたことともつながっていきます。

このあとまとめとなる振り返りをして、ようやく羽地さんのワークショップ部分は終わりです。ここまでが前半、というか、下準備のようなパート。ここからはいよいよ、いま共に受けたワークショップを題材に「ABEの効果測定」を検証していきます。


振り返りシートを使ってみる


さて、遅めのお昼休憩を挟み、ここからが本題です。羽地さんのワークショップを踏まえて、「振り返りシート」を記入します。

シートには、以下のような質問項目が全部で12問あります。これらにあてはまるかどうかを6段階で記入します。

みんなで創造していくことができた(0~5)
あなたにとって今日のこの場は交流できる場だった(0~5)

もちろん、今回はただのワークショップではなく「研究会」。参加者は、このシートを記入することで羽地さんのワークショップを振り返りつつ、同時にこの「振り返りシート」自体がそもそもワークショップでの効果を測定するのにふさわしいものかをチェックしていきます。

とても複雑な行程ですが、参加された皆さんはとても熱意を持って取り組み、そのあとのディスカッションもたいへん白熱しました!


たとえば、こんな項目があります。

しんどかった(0~5)

参加したワークショップが「しんどかった」場合は5を、全くそうでなかった場合は0を選ぶ設問です。ところが、その次にはこう続きます。

ここちよかった(0~5)

こちらでは、「ここちよかった」が5、「全くここちよくなかった」が0になります。

これがなんとなく直感に反するのです。ふつう、「しんどかった」は悪い評価、「ここちよかった」はいい評価のはず。その二つが同じ軸で比べられ、両方5にすることも両方0にすることもできるって、どういうこと?

これは、「しんどいと感じることはかならずしも悪いことではない」というABEの価値観に基づいています。アートを使った教育の現場では、参加者が思い切って自分を表現したり、自分自身と深く向き合ったりする局面がしばしば訪れます。そこではときに「しんどい」と感じることもあるかもしれません。しかし、それは傷ついたり、誰かに貶められたりするようなしんどさとは全く違います。そういう、いわば「創造に伴うしんどさ」があったかどうかを効果測定に加えたい、というのが意図でした。

ディスカッションの結果、この設問は現在のまま残すことになりました。ですが、答えるときに分かりづらい、という課題を解決するために、

「必ずしも、0が悪い評価、5が良い評価というわけではありません」

という一文を次回から加えることにしました。


このように、今クールのABE研究会では、実際の経験を通して一回ごとに振り返りシートがブラッシュアップされていきます。今回は他に、

「安全な場とは?」

ということも話題に上りました。「しんどさ」のこととも深く関わってくる議題で、そちらもたいへん白熱したのですが、それは次回以降の大きな課題となっていきそうです。


と、いうわけで、第4クールは全3回。次回が折り返しです。次回もワークショップをひとつ受けたあと、振り返りシートを使ってその経験について振り返り、ディスカッションをします。

今回は羽地さんの担当だったワークショップパート、次回は身体詩・アプライドドラマを専門とするオーハシヨースケさんの担当です。テーマは「ものがたりとナラティブ」。


ABE研究会 第4クール 第3回

11/30 (ワークショップの体験を通した検証)
『ワークショップ②〈ものがたりとナラティブ〉』」

◆ 開催日時
全日程10:00~16:30(予定)

◆ 会 場
中目黒周辺施設
※お申し込み頂いた方にご案内いたします

◆ 参 加 費
5,000円

◆ お問い合わせ先
(株)プレイバック・シアター研究所
中目黒ヘッドオフィス&サロン
TEL : 03ー3461ー4242
E-mail : info@playbacktheatre-lab.com


ご興味のある方はぜひお気軽にお問い合わせください!


くじら

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