見出し画像

原宿・表参道の「夜の経済」を考える#LOOK LOCAL SHIBUYA原宿外苑ブロック後編

渋谷といえばスクランブル交差点。そうイメージする人も多いけれど、それだけではない。『#LOOK LOCAL SHIBUYA』は、まちに深く関わり、まちの変化をつくろうとしているローカルヒーローに話を聞いて、まちの素顔に迫る連載です。

ここでは、原宿外苑ブロック後編を届けます。話を聞いたのは、穏田キャットストリート商店会長の大坪昌広さん、株式会社ラフォーレ原宿代表取締役社長の荒川信雄さん、国立能楽堂営業課長の羽鳥道成さん、青山キラー通り商店会会長の原田ひろたろうさん。聞き手は、一般財団法人渋谷区観光協会の金山淳吾と小池ひろよです。
>>前編はこちら

ゆるやかな時間の流れと余白が、文化を紡ぐ

渋谷区観光協会・金山淳吾(以下金山):渋谷駅を中心に仕事をしていると、渋谷は文化というより文明といったほうが相性がいい気がしています。たとえば、能や狂言、浄瑠璃は文化だと言っても、能・狂言・浄瑠璃はそれぞれに違うもので固有の価値があります。昔は、ファッションにも固有の価値があり、デザイナーがしのぎを削っていました。でも今は、同じようなプライスレンジで、流行りの色のものをみんなでつくり合っているイメージです。さらに、渋谷駅周辺エリアはテック企業が新たな機能を実験的にインストールしたり、メディア化していく流れもあります。これは文化的というより、文明都市と言ったほうがしっくりくる。
 
一方で、原宿はチェーン店が少なくて、ユニークなお店がエリアに根付いています。千駄ヶ谷に行けば、デザイナーの小さなアトリエが点在している。渋谷駅周辺の文明都市化とは、少し距離を置いているように感じます。原宿外苑エリアが大切にしている文化やクリエイティビティについて、どう考えますか?

表参道のケヤキ並木イメージ写真

株式会社ラフォーレ原宿代表取締役社長・荒川信雄さん(以下荒川):私も、渋谷駅周辺エリアは情報化社会の最先端をいって、常に新しい情報発信をしてメディア化しているイメージを持っています。スクランブル交差点を中心に、まちを疑似体験したり仮想空間で楽しむ取り組みもあります。片や、原宿や表参道はAIやメタバースのイメージはやや少ない印象です。ファッションに置き換えれば、リアル店舗かEC(※Electronic Commerce:電子商取引。ネット通販など)かの対峙です。そして、原宿・表参道エリアでは今後も来街して・触れて・買うという行動が続くと思っています。

原宿・表参道エリアは、時間の流れがゆったりしているように感じます。まちに余裕があるから、竹下通りを歩いて刺激を受けて、表参道のケヤキ並木を見上げて、おしゃれな人を目で追って自分も真似してみたいと思う。人と人が感じ合い、触れ合う余白があると思うんです。

株式会社ラフォーレ原宿 代表取締役社長・荒川信雄さん 1964年生まれ、茨城県笠間市(旧岩間町)出身。1987年に森ビル株式会社に入社。1989年にラフォーレ原宿へ配属。1999年ヴィーナスフォート館長を務め、2006年から表参道ヒルズの初代館長を務める。2014年より現職。森ビル株式会社 商業施設事業部 特任執行役員を兼務。趣味は食べ歩きとサッカー。サッカーでは、シニア50東京代表として東アジア大会に出場。

穏田キャットストリート商店会長・大坪昌広さん(以下大坪):原宿は、文化を培っていく場所であってほしいと思います。たとえば、うちの近くに大福をつくり続けているお店があります。店主は「跡継ぎがいないからやめるよ」と言っているけれど、美味しくて人気だからつくっているんですね。この大福屋さんは、穏田の文化だと思います。原宿エリアは、こんな店がたくさん残っていけるような環境であってほしいです。
 
青山キラー通り商店会会長・原田ひろたろうさん(以下原田):僕はアメカジ世代で、キャットストリートや裏原宿のショップで古着を買っていました。当時の僕にとって、原宿・表参道はファッションの流行をつくりだしているすごいエリアでした。先端でかっこいいと思うファッションは、渋谷中央でも恵比寿でもなく、原宿・表参道エリアから発信されていると思います。
 
大坪:僕がファッションに目覚めた頃は、竹下通りにはあまり店がありませんでした。唯一「HARADA'S」という輸入店があって、海外のファッションに触れられたんです。学生ながら、おしゃれな発想を取り入れられたのは、「HARADA'S」のおかげです。

穏田キャットストリート商店会長・大坪昌広さん 穏田キャットストリート商店会長、穏田表参道町会副会長、原宿地区美化推進委員会副会長、居酒屋 神宮前 昌 オーナー。穏田生まれ育ち在住。

原田:昔から、原宿ならではのファッションを発信する店舗があったのですね。ラフォーレ原宿の裏手に東京中央教会があって、近くにはキディランドがあります。今の原宿カルチャーは、ワシントンハイツとも無縁ではないと思います(※)。
 
荒川:原宿・表参道は、戦後にいち早くアメリカのカルチャーが入ってきたエリアだと思います。他国のカルチャーを受け入れ、オリジナリティも出しながら今のまちの姿になっていった。私は、コープオリンピア(※)で初めてミルクシェイクを飲んだ方や、アメリカの方にもらったレコードのジャケットを見てファッションを学んだ方の話を聞いたことがあります。
 
※ワシントンハイツとキディランド:第二次世界大戦後、代々木にはアメリカ軍の軍用地があった。代々木公園などに駐留軍人と家族が暮らすための住宅が建てられ、それらはワシントンハイツと呼ばれていた。1950年にキディランド原宿店の前身となる店がオープンし、駐留軍人向けの書籍や生活雑貨を販売していた。
 
※コープオリンピア:昭和40年築。原宿神宮橋交差点の横にあるヴィンテージマンションで日本初の「億ション」。立地の良さと堂々とした外観、贅をこらした仕様が人気で、現在も高値で売買されている。

原宿外苑エリアの「夜の経済」を語る

金山:ここまで原宿外苑エリアの魅力を語ってきましたが、触れておかないといけないのが「夜の経済」です。一般的には、原宿外苑エリアは夜が弱いと言われています。お店の閉店時間が早くて、暗くなると人通りが少なくなる。皆さんは、このエリアの「夜の経済」についてどんな考えを持っていますか?
 
原田:僕は、18時でお店を閉めてもいいと思っています。夜に食事をしたり遊びたければ、渋谷駅周辺に行ってもらえばいい。流行を発信して、ファッション文化を培ってきた表参道や神宮前のブランドイメージを保つ必要があると思います。それに、このあたりは神宮前・神泉・神山町など「神」が付く住所が多いエリアです。神聖なエリアですから、「夜が弱い」ことが実は強みになるかもしれない。夜は静かというのが、原宿外苑エリアのシティプライドでもあると思います。
 
先ほど荒川さんも話していましたが、このエリアにはクリエイターたちの住居兼オフィスが多いです。暮らす環境としても、夜は静かなほうがいい。僕は、渋谷区に渋谷中央ブロックは二つもいらないと思います。
 
国立能楽堂営業課長・羽鳥道成さん(以下羽鳥):私も同じ意見です。原宿外苑エリアのお店は、早い時間に終わってもいいと思います。このエリアで一軒目に入り、もっと盛り上がりたいなら渋谷中央のほうに流れていく。この地域で暮らしている方と共存するためには、夜の静かさは大切だと思います。

国立能楽堂営業課長・羽鳥道成さん 國學院大學卒、特殊法人国立劇場(現独立行政法人日本芸術文化振興会)入職。国立文楽劇場、国立劇場、新国立劇場、文化庁で勤務。平成26年より国立能楽堂にて勤務。

大坪:「夜の経済」とは、どんな賑わいを想像すればいいでしょうか?
 
金山:たとえば、スペインのバスクにあるサンセバスチャンは、世界屈指の美食のまちと言われています。サンセバスチャンには、夜のバルを飲み歩くという住民のカルチャーがあります。その生活スタイルが有名になって、追体験をしたい旅行者たちが集まってきて観光地化しているわけです。バルは路面店なので、観光客が飲み歩いているとうるさいと思うのですが、住民も自分たちがやってきたライフスタイルの延長として受け入れている。ただし、深夜1時にはすべてのバルが閉店するんです。

サンセバスチャンは、夜の賑わいのひとつの在り方だと思います。渋谷で夜の賑わいというと、安いお酒で酔っ払った学生が路上で寝ているといったイメージがあるかもしれませんが、そういうことではなくて。
 
大坪:新宿のゴールデン街(※)は、サンセバスチャンですね(笑)。僕は、今の環境が変わってしまうような賑わいはいらないと思います。夜の賑わいを出そうといって、制限なく店舗を出して営業していいことにしてしまうと、この先10年でまちの雰囲気は大きく変化するでしょう。そうすると、このエリアの良さは消えていくと思います。今は夜の賑わいがないから、シンとしたまちの雰囲気が保てているのではないでしょうか。
 
※新宿ゴールデン街:新宿区歌舞伎町にあるエリアで、入り組んだ細い路地に200軒近くの飲食店が集まっている。かつては作家や俳優、映画監督などの文化人が集い、アングラ芸術の発信地だった。
 
荒川:私は賑わいというより、溜まり場が欲しいですね。20代でラフォーレに入った頃の「とんちゃん通り(※)」のイメージに近いです。観光資源としてのお店ではなく、原宿外苑エリアで働いている人たちが集える場所です。たとえば、仕事が終わったアパレルの子たちがストレス解消で食事をする場所、がんばって売上トップを取った子が軽くお祝いできる場所、悩みをいろいろと話せるような場所、こういった溜まり場がありません。仕事帰りに一人でゆっくりとレコードを聴けるお店もないんです。このエリアの皆さんが1日の終わりに和めるような、パーソナルな溜まり場が点在しているといいなと思います。
 
※とんちゃん通り:原宿通りと呼ばれている明治通りの裏側の通り。かつて「とんちゃん」という大衆居酒屋があり、多くの人で賑わっていた。
 
金山:たとえば、ベルリンはクラブカルチャーが成熟しています。ある意味、オフィシャルに酔っ払うことができる場所なので、そこに惹かれたクリエイターたちが集まってきたようです。昼はクリエイティブな仕事をして、夜はまちのナイトタイムカルチャーを楽しみ、クラブで知り合ったご近所さんと情報交換をして、昼の仕事に活かしていく。こんなエコシステムがまわっていると言います。
 
僕は、「表参道外苑エリアは、夜は弱くていい」という発信ではなくて、夜の一つの過ごしかたを発信したほうがいいと思っています。住民としての個人的な感想ですが、原宿外苑エリアの夜が弱いとは思わないんです。探すと良い店が点在していて、僕は秘密の飲み屋に友だちを連れていったりします。ただ、良いお店なのに空いているのはもったいない。荒川さんが言うように、働く人や地元のクリエイターが集う場所があって、そこは外の人から見ると入りづらい。でも、入ってみたいと思わせる雰囲気はある。こんな状態をキープできると、原宿外苑エリアのまちのイメージを崩さないのではないか。昔はそんな店があったなら、取り戻せばいいと思います。
 
原田:観光客に向けたお店ではないから派手ではないし、誰もが入れる雰囲気はない。働く人や住民が家に帰る前に励まし合い、褒め合うようなコミュニティの場。そんな場所なら、あるといいですね。

おたふくわた九代目・青山キラー通り商店会長 原田ひろたろうさん 1972年 渋谷区松濤生まれ 大学卒業後電気メーカーで勤務後に博多、神宮前にあるハニーファイバー株式会社(商標名おたふくわた)を継ぎ現在に至る。青山キラー通り商店会長、渋谷区リサイクル大使などを務めている。

金山:一部の観光客は入っていいと思うんです。地元の人が仲良くなった観光客を呼んで入れてあげるぐらいの包容力があるといい。たとえば、海外から来たファッションデザイナーが、地元コミュニティに入ることで日本滞在の楽しい思い出になるような場です。
 
渋谷区観光協会の小池ひろよ(以下小池):原宿外苑エリアはホテルが少ないので、観光に来た人たちは夕方まで楽しんだら新宿や渋谷駅周辺に行きます。でも、かっこいいローカルの人たちが行きつけにしている夜の溜まり場で遊ぶ観光客がいてもいい。団体で来て観光している方たちではなく、原宿外苑エリアのセンスにフィットした人が溜まり場に溶け込んで旅行を楽しむイメージですね。
 
金山:そんな風景があったほうがいいという声が上がってくると、新たなチャレンジをする人が増えたり、実験的な開発に賛同するプレイヤーが出てくると思います。文化は尊重して継承しながら、新たな動きが出てくるとおもしろそうです。
 
今回は、代々木エリアの話ができなかったので、原宿外苑エリア第二弾でやりましょう!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?