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しなやかに変化を受け入れて、唯一無二のまちが生まれた #LOOK LOCAL SHIBUYA原宿外苑ブロック前編

渋谷といえば、スクランブル交差点。そうイメージする人も多いけれど、それだけではない。原宿・表参道・代官山・恵比寿・広尾・代々木・千駄ヶ谷・上原・富ヶ谷・笹塚・幡ヶ谷・初台・本町、これぜんぶが渋谷区なんです。『#LOOK LOCAL SHIBUYA』は、まちに深く関わり、まちの変化をつくろうとしているローカルヒーローに話を聞いて、まちの素顔に迫る連載です。

今回は原宿外苑ブロックを特集します。日本有数の観光地である原宿の竹下通り、ハイブランドショップが並ぶ表参道、国立競技場のある千駄ヶ谷、明治神宮外苑のある神宮外苑、各地域で固有の歴史と文化を育んできたエリアです。

ここでは、穏田キャットストリート商店会長の大坪昌広さん、株式会社ラフォーレ原宿代表取締役社長の荒川信雄さん、国立能楽堂営業課長の羽鳥道成さん、青山キラー通り商店会会長の原田ひろたろうさんに話を聞きました。聞き手は、一般財団法人渋谷区観光協会の金山淳吾と小池ひろよです。

左から一般財団法人渋谷区観光協会の小池ひろよ、青山キラー通り商店会会長の原田ひろたろうさん、国立能楽堂営業課長の羽鳥道成さん、穏田キャットストリート商店会長の大坪昌広さん、株式会社ラフォーレ原宿代表取締役社長の荒川信雄さん、渋谷区観光協会の金山淳吾

大きな変化を受け入れてきた、
おもちゃ箱のようなエリア

渋谷区観光協会 金山淳吾(以下金山):今回の『#LOOK LOCAL SHIBUYA』は原宿外苑ブロック特集ですが、一括りでは語れないエリアです。たとえば、今日は穏田のキャットストリート(※)にある「昌」で話を聞いていますが、竹下通りやラフォーレのイメージがある原宿とキャットストリートでは文化や人の属性が違う。外苑ブロックと言っても、表参道と千駄ヶ谷と神宮外苑ではまちの機能が違う。原宿外苑ブロックとまとめて語るのは難しそうですが、それぞれの立場から各地域について話していただき、魅力を掘り起こしていこうと思います。
 
※穏田とキャットストリート:明治時代まであった穏田村・原宿村の名残で、昭和40年に神宮前に町名変更した。穏田は現在の渋谷区神宮前1・4・5・6丁目にあたる。キャットストリートは渋谷と原宿をつなぐ明治通りの1本脇に入った小道。古着屋やカフェが軒を連ね、いつも多くの人で賑わっている。

今回の#LOOK LOCAL SHIBUYA対談は、大坪昌広さんがオーナーを務める昌(しょう)で行われた。(東京都渋谷区神宮前6-7-16 エムエスビルB1)

穏田キャットストリート商店会長・大坪昌広さん(以下大坪):ひとことで魅力を伝えるなら、多様性です。原宿と言っても、竹下通り・ラフォーレ原宿・キャットストリート・表参道ヒルズなどがある。今は、商業エリアという見え方が強いと思いますが、僕たちのように昔から住んでいる住民もいます。千駄ヶ谷のほうへ行けば、今も多くの人が住んでいて、ほのぼのとした雰囲気があります。僕は、いろんな特性を持つエリアと人が渾然一体となって、原宿外苑エリアを形づくっていることに魅力を感じています。

穏田キャットストリート商店会長・大坪昌広さん 穏田キャットストリート商店会長、穏田表参道町会副会長、原宿地区美化推進委員会副会長、居酒屋 神宮前 昌 オーナー。穏田生まれ育ち在住。

青山キラー通り商店会会長・原田ひろたろうさん(以下原田):渋谷の魅力のひとつに、脇道や裏道のワクワク感があります。キラー通りは外苑西通りにある「ついでの道」です。ついでの道ですが、道沿いにはご夫婦で営んでいる定食屋さんがあったり、地元の人が集まって飲む店がある。道に迷っても楽しめるのが、原宿外苑エリアの魅力だと思います。
 
あと、原宿外苑エリアの商店会は仲の良さが特徴です。地元で育った商売人が多くて、話していて楽しい。大通りは海外からの観光客が歩いていて、脇道に入ると地元の人が集っている。おもしろいまちだと思います。
 
株式会社ラフォーレ原宿代表取締役社長・荒川信雄さん(以下荒川):私はよく「ラフォーレ原宿は、おもちゃ箱でありたい」と話しています。様々なものごとがぐちゃぐちゃに混ざっていて、それが楽しい状況です。考えてみれば、原宿という街がおもちゃ箱のようです。なんでもあって、しかもたくさんあって、多くの人がそれぞれをイイネと受け入れている。

株式会社ラフォーレ原宿 代表取締役社長・荒川信雄さん 1964年生まれ、茨城県笠間市(旧岩間町)出身。1987年に森ビル株式会社に入社。1989年にラフォーレ原宿へ配属。1999年ヴィーナスフォート館長を務め、2006年から表参道ヒルズの初代館長を務める。2014年より現職。森ビル株式会社 商業施設事業部 特任執行役員を兼務。趣味は食べ歩きとサッカー。サッカーでは、シニア50東京代表として東アジア大会に出場。

荒川:まちの柔軟性が育まれたヒントを目にする機会があったので、お話します。先日、代々木エリアが昔は牧場だったとわかる写真を見ました。もともと、とても牧歌的なまちだったのですね。そこが、今ではファッションの発信地になっている。この劇的な変化を受け入れてきた土壌がベースになって、今の原宿エリアがあります。ここで暮らす皆さんは庶民的で出会いやすく、仲良くなりやすい人が多いと感じます。
 
国立能楽堂営業課長・羽鳥道成さん(以下羽鳥):千駄ヶ谷は特に、まちの人たちが仲良くなりやすい土壌があると感じます。千駄ヶ谷の駅前には津田塾大学のキャンパスが広がり、東京体育館・国立競技場・明治神宮野球場があり、私どもの国立能楽堂があります。さまざまなスポーツや文化の発信地が千駄ヶ谷に集まっていますが、一方で住民も多く、商店街やお店が充実していて暮らしを楽しめるエリアです。

国立能楽堂営業課長・羽鳥道成さん 國學院大學卒、特殊法人国立劇場(現独立行政法人日本芸術文化振興会)入職。国立文楽劇場、国立劇場、新国立劇場、文化庁で勤務。平成26年より国立能楽堂にて勤務。

原宿外苑エリアのシティプライドとは?

金山:たとえば、原宿外苑エリアを「エリアプライド」で語るとすると、原宿・表参道・キラー通り・千駄ヶ谷で違う話になりそうです。原宿のエリアプライドとはなんでしょうか。
 
荒川:原宿は、常に一歩先を目指す姿勢にプライドがあると感じます。人と商品とデザイナーを抱えて、表現していく使命を担うまちだと思うし、良い意味でプレッシャーを感じるまち。私は、原宿のエリアプライドを背負って、誇りを感じながら仕事をしていきたいと思っていますし、ラフォーレ原宿は原宿でチャレンジしたいと思っている人たちを応援する場でありたいです。お金があるかないかに関わらず応援するべきだし、一度失敗した人にも「また来てよ」と言える状況になるような経営観を持っていたい。これは、ラフォーレ原宿をやってきた私のプライドでもあります。
 
金山:キャットストリートのエリアプライドは?
 
大坪:僕は原宿エリアで生まれ育ちましたが、子どもの頃は静かなまちでした。そのうち、キャットストリートにはデザイナーやクリエイターが集まるようになりました。当時は静かな住宅街でしたが、おしゃれな雰囲気があって、伸びしろを感じたのだと思います。同じ頃に、原宿駅前ではホコ天(※)が生まれました。ホコ天は原宿の発展に欠かせない現象でしたが、商業ではなかった。次にラフォーレ原宿(※1978年開業)ができて、個性的な店が増えて、ファッションのまちになっていきました。住宅街だったまちは急速に発展して、今では商業のまちになり、オーバーツーリズムの課題も出てきた。
 
僕は、地域住民が住みやすいようなまちを守っていきたいです。住民と商業が共存できないと、おもしろくないまちになってしまいます。住民とクリエイターと商売をする人たちが調和して、バランスを取っていこうとする姿勢にシティプライドが表れると思っています。
 
※ホコ天:1977〜1998年にあった原宿の歩行者天国。ロカビリーを踊るローラー族、ユニコーンやTHE BOOMが誕生したホコ天バンドなど、ホコ天から原宿のファッションや音楽カルチャーが芽吹いた。
 
原田:キラー通りにも流行りのショップや企業が多く、ミシュランを取るような飲食店もあります。でも、夏休みにラジオ体操をする子どもたちを見ていると、たくさんの住人がいるとわかります。お寺や神社、教会があり、地域に根付いた盆踊りもある。住んでいる皆さんから、地域の文化や伝統は地元で守るというプライドを感じます。

おたふくわた九代目・青山キラー通り商店会長 原田ひろたろうさん 1972年 渋谷区松濤生まれ 大学卒業後電気メーカーで勤務後に博多、神宮前にあるハニーファイバー株式会社(商標名おたふくわた)を継ぎ現在に至る。青山キラー通り商店会長、渋谷区リサイクル大使などを務めている。

金山:千駄ヶ谷エリアは、商業地というよりも住宅街の要素が大きいと思います。羽鳥さんは、国立能楽堂で働いていて、地域の人たちから感じることはありますか?
 
羽鳥:コロナ禍で、印象的なできごとがありました。国立能楽堂にいらっしゃるお客様は、コロナ前までは遠方の方が多かったんです。それが、コロナ禍でお客様が減ってしまいました。たとえば、能楽師による解説が付いた能楽鑑賞教室という公演があるのですが、コロナで600名以上のキャンセルが出てしまったんです。そこで、千駄ヶ谷大通り商店街のお店を1軒ずつまわって能楽堂のチラシを配ったところ、多くの近所の方が観にきてくれました。「能楽堂が近くにあるのは知っていたけれど、来たのは初めて」という方が多かったんです。そこから、地域の方々と一緒に何かを作り上げていくことに方向転換しました。

写真提供:国立能楽堂

羽鳥:2022年の7月に、京都・上賀茂神社の葵祭が舞台の能「賀茂物狂」を上演しました。近所の飲食店に声をかけたところ、上映期間中に京菓子や京都の食材を使った料理を提供するコラボイベントを申し出てくれました。それ以来、断続的に近所の飲食店でのコラボメニュー提供や、能楽堂ロビーでの近所のお店の物販イベントを開催しています。こちらから声をかけると、近所の皆さんは協力をしてくださる。人情味のあるまちだと感じています。
 
金山:僕は神宮前から千駄ヶ谷に引っ越したのですが、引っ越しの決め手のひとつは緑の多さでした。周りには代々木公園・明治神宮・新宿御苑があり、足を伸ばせば赤坂御所があります。また、表参道のケヤキ並木はクリスマスのイルミネーションが有名ですが、春から初夏にかけて新緑が生き生きと伸びていくさまも素晴らしいです。千駄ヶ谷は都会でありながら自然を感じられるし、自然を資産と捉えて残していく意思表明をしているのがすてきだと思いました。
 
暮らしはじめてから気づいた魅力は、住んでる人たちの多様性です。千駄ヶ谷は、デザイナーやメーキャップアーティスト、広告クリエイターや映像作家などのクリエイティブな職種の人たちが多く暮らすエリアです。比べるわけではありませんが、資金力を元に超都心の高層マンションを選ぶ人たちではなく、千駄ヶ谷エリアの魅力に引き寄せられて集まっているクリエイティブクラスターの方たちは、すごくおもしろいです。

一般財団法人渋谷区観光協会・金山淳吾

荒川:原宿外苑エリアには、オフィスもたくさんあります。私はそういうオフィスに伺うことも多いのですが、行ってみると住居になるような空間が多いです。都心のビルにあるようなオフィス空間ではなく、自分が住みながらオフィスにもしているような場所です。いい意味で生活感のあるオフィスに行くと、原宿外苑エリアに溶け込んで商売をしているさまが見られてうれしくなる。儲けのためだけでなく、このエリアが好きだから住居兼オフィスを置いて、素直に仕事をしているように感じます。
 
金山:いったん地域の皆さんが観光地化を望むか・望まないかは置いといて、小池さんは観光協会として外苑エリアをPRする時に感じることや大切にしていることはありますか?
 
小池:2019年のことですが、千駄ヶ谷小学校の6年生から電話をもらいました。外国人観光客に、自分たちのまちを知ってほしいから観光マップを作りたいと。そこから共同プロジェクトが立ち上がり、「千駄ヶ谷インバウンド観光マップ(英語版)」ができて、実際に街頭で配布をしました。

渋谷区観光協会とナビタイムジャパン、渋谷区立千駄谷小学校の共同プロジェクトによって完成した「千駄ヶ谷インバウンド観光マップ(英語版)」

小池:観光マップをつくる過程でわかったのですが、このエリアに住んでいる子どもたちのオススメの場所は、観光ガイドやInstagramに載っている場所ばかりではありませんでした。「A店にいるおじさんの話がおもしろい」など、住民ならではの場所が紹介されています。大人が検索しても出てこないローカルな人・もの・場所です。私たちも海外旅行に行けば、地元の人が行くお店や風習を知りたくなりますよね。一般的には調べても出てこない情報を、地元の人たちが発信していくようなPRは可能性があると感じています。
 
 
>>後編は、原宿外苑エリアの「ナイトタイムカルチャー」について語ります!

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