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音楽はいろんな方法で存在している ーストリーミング時代における聴取の技法

2020/06/16(Tues.)

 IAMAS同期の上田くんが参加しているバンド/Group2が新曲発表に合わせてメンバーによる執筆記事を公開しており、上田くんはイギー&ザ・ストゥージーズの「Raw Power/淫力魔人」のレビューを書いています。記事の中で、イギーの楽曲をCDで聴いた時の衝撃がレコードでは感じられなかったことに触れて、メディア環境の違いによる多様な音楽体験のあり方を「音楽はいろんな方法で存在している」と評しています。シンプルだけど示唆に富んだ言葉だな〜と思って色々考えました。

 音楽がそれぞれのメディア環境の中で多用に存在して聴取体験の違いを生み出すという考えは、以前にうまみTVの中で話し合った「ネット空間に固有のサウンドスケープ」に通じます。YoutubeやSoundCloudなど配信プラットフォームでは、ラウドネスノーマライゼーションやサジェストのアルゴリズムの違いにより、音の鳴り方やコミュニティー形成に影響を与えているという点で、そのプラットフォームに固有のサウンドスケープのようなものを形作っています。姿を現わしつつある現代のサウンドスケープを聴き分けることができたなら、新たな表現や価値が生まれるかもしれません。

20200617_聞こえくる過去

 ジョナサン・スターンの著書「聞こえくる過去」では、メディアを通して音を聞き取る「聴取の技法」が医学の分野での新たな発見や職業的な優位性につながった歴史が語られています。例えば、聴診器が発明されたことにより、医学の知識が強化され、医者は聴く能力の優劣によって職業的な評価を左右されるようになりました。このように今まで聴けなかった/聴かれなかったものを聴けるようになること(聴取の技法の獲得)は近代社会の形成に影響を及ぼしました。スターンの示した聴取の技法が人々の生き方や社会形成に影響を及ぼすという考え方は、現代のネット空間に広がるサウンドスケープにも適用できないでしょうか。
 例えばSoundCloudではラウドネスノーマライゼーションがない(または規制が弱い)というメディア特性があり、その特性を見抜いたラッパーたちによって音圧を上げた楽曲が投稿されたことで、クラウドラップという新たな音楽のシーンに発展しました(クラウドラップにはSoundCloudを語源とする説の他に、雲のような浮遊感を指したとする説もある)。ここで注目したいのが、クラウドラップが成り立つ前からすでにラッパーたちはSoundCloudのメディア特性を読み解いていたという点です。音楽のシーンが形成されるよりも前に、すでに音楽家たちがメディア環境を読み解いているという事実は音楽の予言的性格を想起させ、現代における聴取の技法とは何かを考えるヒントになります。

 上田くんのテキストに戻ると「ストリーミングによって“音楽を聴く”ことよりも、“音楽を聴かない”という行為を自分に促しているような気がする。」と書かれています。ネット空間に音楽が溢れかえり、何を聴くべきかより何を聴かないべきかを考えなければならないような雑音状態が私たちの置かれた音楽環境です。音楽を聴く前からすでに私たちは雑音を聴かされており、その雑音状態を聴き分ける必要に迫られています。
 「そこには能動的な“聴く”という身体が存在せず、受動的な“聴く = 聴かない”身体しか存在しないのではないか。」という上田くんの指摘の通り、ネットから溢れかえった雑音が耳に入っているだけで、本当の意味で聴けていないのかもしれません。そんな雑音を能動的に”聴く”ためのヒントが「メディア環境の特性を意識して聴くこと」であり、メディア意識を持った耳を手に入れることが現代における聴取の技法なのです。
 再びクラウドラップを例に挙げると、ラッパーによってSoundCloudに固有のサウンドスケープが見出され、新しい音楽のシーンが築かれ、音楽職業的な優位に立ったという流れは、まさにスターンが示した聴取の技法による職能の変化と似ています。つまり、ラッパーたちは「SoundCloudに対する聴取の技法」を持っていたと言えます。
 これからは莫大なインターネットアーカイヴの雑音からメディアの特性を聴き分ける聴取の技法を身につけた音楽家が音楽のシーンの未来を拓くことでしょう。かつて音楽家に求められた楽譜を読み解く能力は、配信プラットフォームのサジェストやラウドネスノーマライゼーションのアルゴリズムを読み解く能力に入れ替わったのです。

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