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wealth

「理科のせんせーい!ちょっとこっち来てー。」


はい、これ潰してね

と、渡されたお皿には、ほくほくの男爵芋。

「乳棒は?」

彼女が吹き出す。

「乳棒も乳鉢もないわ。それを使って。」

このままでも十分美味しそうな芋をマッシャーで潰しながら、

そういえば昨日、実家から大量に届いたと話していたっけ

と、思い出す。

「全部潰れたら、これを少しずつ足して、よく混ぜて。」

「牛乳?」

「うん。バターを入れてレンチンしたの。」

指示通りに少量ずつ足していく。

なるほど。

少しずつ滑らかになっていくようだ。


彼女は奥で、メイン料理に取り掛かっている。

マッシュポテトを作るなら、

お肉料理に添えてあげなきゃね!

と言って、ちょっといいお肉を買いに行ってきたらしい。

・・・そうなると、どっちがメインかよく分からないけれど。


こんな風に僕は、"ちょっとした助手"をさせられる。

昔は料理なんてさっぱりだった。

貧乏学生の頃から「お湯を沸かしてカップ麺」が精一杯だった。(あれを果たして料理というのか?)

働き出したら、時間の無さを言い訳にして、連日外食に拍車がかかった。

毎日のように通いつめていた飲み屋で

出会ったのが彼女。


週末だけ現れる彼女は、

同じように僕も華金を愉しむサラリーマンだと思っていたらしいけれど。


だから、実際の食生活を知った時は、まさに空いた口が塞がっていなかった。


「食べることは生きることだよ。食べたものが、あなたを創るの。」

それから少し考えて、僕の目を見て言った。

ねえ。うちにご飯食べに来ない?


胃袋を掴まれる、という表現があるがそんなもんじゃなかった。

外食に飼い慣らされた舌には、染みた。

彼女の実家から届く有機野菜。

その素材の美味しさそのままの彼女の料理は、かなり染みた。

そして僕の心にも。



最初は彼女に甘えていたが、

ある時から共同作業が始まった。

「料理なんて理科の実験みたいなものよ。」

と、僕の本業を知った彼女が言う。

確かにそうかもしれない。

ほんの少しでも、分量や手順、条件が違えば、結果が変わってしまうのは、実験も料理も同じだなと思う。

無駄なことをせず、手際よく。

そういう意味では、いつも実験の時に気をつけていることをやればいいだけだ。

僕にも料理人の素質があった訳か。

いや、そう思わされてるだけで、実際は彼女に上手く使われているだけかもしれないけれど。

(まあ、僕にそんなこという権利はない。)

だから、ある時はドレッシング作り、ある時は計量係として、彼女の助手を引き受ける。


「全部混ぜた。滑らかになったよ。」

じゃあ味付けするねと言って、塩コショウ。

これは彼女の仕事。


「今日はなんだか豪華だねー!」

サイコロステーキに添えられたサラダと大盛りのマッシュポテト。

満足そうに彼女が笑う。

「んんー!美味しっ!高級ホテルの味っ!」

やっぱり混ぜた人の腕がいいから、と

僕を持ち上げるのも忘れない。

これに乗せられてまた手伝ってしまうんだけど。


僕も「味付けが完璧だからね。」と彼女を讃える。

何よりじゃがいもそのものが美味しいのだ。

力強い大地の味がする。彼女の家で食べる野菜はいつもそうだ。野菜がこんなに美味しいことを僕は今まで知らなかった。

芋の味を引き立てる味付けとバターの酷も相まって、本当に美味しかった。

「たくさんできたから、明日はクラッカーに乗せてカナッペにしよう!」

「すげーお洒落な単語。何か分からんけど、楽しみ。」


食べることは生きること。

明日も僕は彼女と生きていく。







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