ゲシュタルト
鬱や統合失調症や双極性障害などに重篤な認知症を患った方が幾人かいらっしゃる。
ほとんどの人が自殺未遂経験者でそのやり方も激しい。でも、今穏やかでいらっしゃるのが何より。安らかだったり楽しそうだったり。
こういう時、この国も捨てたもんじゃないと思う特別養護老人ホーム。
嘘でしょ?と思うくらい無関心な人も居るが、誰かが必死で助ける国でもある。
そのうちのお一人は『医師から処方されているけど目薬は絶対やらないで。』と言われている方だったが、ずっとこちらを目で追っているその人に『目薬しても良いですか?』と訊くと「うん。」と頷きが返って来ていて、毎日普通にやらせてくれていた。
ところが、ここ2~3日は拒否されるようになったので残念。もちろん無理やりする必要がない目薬なので「分かりました。ごめんなさいね。」とスッと引きあげていたのだ。
すると、今日は、夕方の処置周りの時に、遠くの方から声がする。『目薬してくだささーい。』。
距離があるし、私たちの間には沢山の人が忙しく働いているし、ご利用者さんもガヤガヤ雑談していたりテレビの音も聞こえる。
が、あきらかにこちらをロックオンして『目薬してくださーい!』と言っているので駆け寄って『お待たせしました!』と言う。
何でここ数日はダメだったんだろうなあ?と不思議に思いつつ目薬をしていると、少し上を向いて協力までして下さっている。
そして唐突に『立体的になった。』と仰る。
???と、一瞬意味が分からないのだが、途切れてはいけない。すかさず『目薬をさすと立体的に見えるということですか?』と訊く。
『いいや。目薬さして貰う前から。あなたが現れてから、色々繋がった。』
えーと、点と点が繋がるところまでは行っていたけど、まだいまいち分からない。でも、もっと点が増えて来たから繋ぎ続けていたら、平面が見えて、さらに繋ぐと立体的になったということ?(概念が。あるいは、世界か、視界か。)
すると『そう!』と返って来たので鳥肌がたった。言ってはみるもんだなと。
想像してみるもんだ。それに、その感覚、多分私も、他の人も体験しているようなことかも。
『要するに、分かったり思い出したりということ。』と言われて少しずっこけたけど。
立体的に見えると、何か苦しかったり痛かったりしますか?
『いや、気持ち良いよ。スッキリする。でも、昔は辛かったから、わざとバラバラにしていたかも知れない。』と言って、その人は笑った。
胸元に痛々しい傷跡が見えている。
何よりです!
明日も来ますよ。もし、そちらから紙人形みたいに見えていても、いちおう目薬して良いか訊きますね。
その人は実に良い笑顔を見せてくれた。
もしかしたら、単に私が絶え間なくバタバタと急いで処置しているから立体に見えて来るのかも知れない。それで目につくのかも知れない。
あまり多くを質問すると疲れるだろうから、また明日。
目薬するとき、いつも。
何の処置をするときも いつも。
気が付いたらこちらが『ありがとうね。』とお礼を言ってしまう。
もしも、あなたの目に、人々の一人一人が星のような点に見えたなら、それらを繋いで欲しい。あなたが幸せだ、楽しいと思う像を結んで欲しい。それも紛れもなく現実の一部だから。
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