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くらしかた を ツクル

私の好きなワイナリーがバスク・ゲルニカにある。そのワイナリーに飾られていた1枚の写真。階段でバレリーナがバランスを取って踊っている写真である。人生にはバランスが大事だという意味が込められているらしい。

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バスクのビルバオの街が好きになったのは、クリエイティブな街づくりに魅かれたこともあるが、それ以上にビルバオで暮らす人たちが、自分達の街を楽しみ、街での暮らしを楽しんでいることにある。夕方19時になるとバルタイムが始まり、街に出てバルから人があふれ、路上で自由に話したり飲んだりしている。皆、バルでお酒を飲むというよりも友人、家族とともに過ごす時間を大切にしているようだ。

ビルバオの友人にこのことで聞いたことがある。仕事が忙しくて、バルタイムに街に出ることが叶わない人もいるのでは? 彼の答えは、「私たちは仕事のために生きているのでない。この時間を大切にするために仕事をしている。その時間をけずってまで仕事をする意味が理解できない。」

日本ではどうだろうか?仕事に追われ、なかなかバルタイムを確保するのは難しいのが現実だとは思う。しかし、仕事を優先することが当たり前。という今の日本人の感覚そのものを疑ったほうがいいかもしれない。日本人が思う「当たり前」という言葉を一度、捨ててみる時、見えてくる世界があるはず。

私自身、ここ数年なにかに追われ時間を過ごしてきた。それを仕事というべきなのか?も怪しい。余暇と仕事と分ける必要もないが、ライフスタイルのバランスが欠けていた気がする。それを都市・東京と山間集落・黒沢(西会津)との往来で繕ってきた。結果、いろいろなことが見えてきた。改めて積極的に私自身のライフスタイルを創っていきたい。

さらにそれぞれの土地には、その地域の特性を活かした暮らしの型があるはず。それが世界で一律化したのが高度成長期の都市・地域づくりであった。コロナ禍の時間は、その一律化された暮らしの型をもう一度見直し、改めてそれぞれの土地に根ざした暮らしの型を創り出す転換期であるのではないだろうか!

勝手な妄想がある。東京の暮らしの型に、ビルバオのバルタイムを楽しむ時間を創り出すこと。そのための小さな試みを新大久保でトライしている。この小さな試みが少しづつ広がっていけば、東京の街はもっとクリエイティブになるだろう。

そしてこれが、私の目指す仕事の道楽化であろう。


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