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「都市の時代」における福岡市のスマートシティ都市戦略とは

 2022年になりました。Plat Fukuoka cyclingは2020年の5月より活動を始めたので、おおよそ1年半が経過したことになります。開始から半年は、コツコツと記事を掲載していったPlat Fukuoka cycling。2021年は、外向けの発信できる機会をいただくことができた1年だったと感じています。

 今回は、bicycle friendlyというキーワードから離れ、より広い視野で、福岡市の都市戦略がどのように進んでいくのが望ましいのかを、2022年最初のPlat Fukuoka cycling vison2022として素描していきます。

「都市の時代」における福岡の都市戦略とは@『MEZZANINEvol.4 』

 福岡市は、地理的な制約から、製造業を中心とした都市になるとなく、教育機関の充実や、空と陸の交通結節機能の強化により、九州のサービス業の機能集積が進み、経済的中心都市として、都市の競争力を高めてきました(1)。いま福岡市は、スタートアップやイノベー‎ションによる都市の競争力の強化を進めています。『MEZZANINE』編集長の吹田良平氏は、今後の都市間競争におけるイノベーション産業(知的創造産業)と都市の関係について、次のように述べています。

 製造業が生産拠点(要は工場)を郊外に設置していたのに対し、知的創造産業はその拠点を都市に置く。対面接触で多様なアイデア、情報、知識同士がつながり、さらに投資家を口説き落とし新しいサービスを創造することが、この産業の日常だからだ。イノベーション経済の時代は豊かな人材が豊富に存在する都市という場所の力がものをいう。まさにグローバル都市の時代である。(『Town Center 商業開発起点によるウォーカブルなまちづくり』(矢木達也、‎ トゥーヴァージンズ、2021.10.4、P207「タウンセンターがつくる新しいタウン」吹田良平より抜粋)

 COVID-19により、福岡市も影響を受けていますが、すでにポストコロナ以降に向けた動きは、天神ビックバンなどの再開発が進んでおり、福岡市における「都市の時代」の競争力強化は、止まることなく進んでいます。都市のロックダウンなどが行われた状況下においても、上記の都市の時代について、『MEZZANINEvol.4』編集部コメントとしてこう記しています。

 弊誌(『MEZZANINE』)は、今回のパンデミックが、「都市の時代の終焉、新しい地方の時代の幕開け」という立場には寄与しない。むしろ、経済回復のためには、ますます都市は新しい形の「密」を作り続けていく必要がある、それが都市の役割である、という立場にある。(『MEZZANINE vol4』P011より)

 ポストコロナを見据えた都市戦略は、世界各都市がすでに着手しています。近年は脱炭素(カーボンニュートラル)社会への対応もあり、自転車を含めたモビリティー戦略やデータ活用による都市戦略の最適化がスマートシティ戦略として包括的な戦略のもと実装されつつあることを「#07デンマーク・コペンハーゲンのスマートシティと自転車政策@ケンジーズドーナツ」などの記事で見てきました。ここで、改めてこの「都市の時代」を福岡市が競争力をもち続けるためのスマートシティの将来像をひとつひとつ確認していきたいと思います。

日本におけるスマートシティ政策のターニングポイント

 日本の各都市でスマートシティ政策は、計画されています。『MEZZANINE』編集長の吹田良平氏は、今の日本のスマートシティ政策について、以下のように分析しています。

(前略:スマートシティの)いずれも目指すところは、エネルギーマネジメント、交通量管理、自動走行、自動配送、遠隔医療、遠隔教育、防災、防犯など、社会生活のベーシックな部分における活動の「自動化・代替化・効率化・省力化」に過ぎず、これらは「社会課題解決」と呼ばれてありがたがれている。でも、言わせて貰えば、これらは冒頭の欠乏充足の域をでるものではなく、また「人間の能力を飛躍させる」技術とも言い難い。(中略)スマートシティは、安全・安心、あるいは基本的な暮らしを維持するために費やしていた、通勤や買物、通院等の時間を短縮・削減してくれるだろう。でも大事なのはその先だ。新たに生み出された余剰時間を自己実現のための創造的活動に振り向けるようにする行動変容とその方法こそがゴールとなるべきだ。(『MEZZANINE vol4』P026-027「スマートシティ Beyond!」より)

 つまり、スマートシティは、単に生活がスマートであるだけではなく、自己実現のための創造的活動…つまりはクリエイティブな場でなければならないという指摘です。クリエイティブな場として「アート(文化芸術)」の分野がまちづくりや地域活性化の手法として、用いられます(2)が、吹田氏は、クリエイティブシティと文化芸術についてこう述べています。

本来、クリエイティブシティとは、文化芸術の専売特許ではない。人間誰しもが有する基本的資質の一つであることは言うまでもない。そのクリエイティビティが、今ようやく、イノベーション等のビジネス開発や経済発展の分野、並びにクオリティ・オブ・ライフ(あるいは、ウェルビーイングやマインドフルネス)といった人間の幸福追求の分野で意識されはじめた。(『MEZZANINE vol4』P043「クリエイティビティ Beyond!」より)

誰もがクリエイティビティーを発揮できるための都市が、クリエイティブシティであり、クリエイティブシティを支える手段のひとつが、スマートシティにある様々な生活利便機能であると理解できます。この視点を持つ持たないが、今後の日本のスマートシティ戦略のターニングポイントと思います。

では、誰もがクリエイティビティを発揮するために都市が備える要素はどんなものがあるのでしょうか。もう一冊、別の本より探っていきます。

都市のクリエイティビティのための施設とはーアーツ千代田3331という文化資本論

 アーツ千代田3331は、東京都千代田区、秋葉原からほど近いところにある中学校校舎をリノベーションしたアートセンターです(3)。施設は一般的な公共施設の運営方法である指定管理制度ではなく、普通賃貸借契約で、補助金などに頼らない自立した施設運営がなされています。その運営の代表をされている中村政人氏は著書『アートプロジェクト文化資本論 3331から東京ビエンナーレへ』(晶文社、2021.9.5)にてアートセンターのこれからの役割をこう記しています。

アートセンターは、私達のアイデンティティの確立や心身の健康や豊かさを養い、様々な技術や能力の開発を育み、社会参加と自己実現を促す機能をもつ。つまり、地域の特性を読み取り文化的、社会的問題を自立的に包摂、解決するためのプログラムを開発、実践していくのがアートセンターである。言いかえると地域における文化・芸術を育む創造的プロセスそのものをファシリテーションする施設である。(中村政人著『アートプロジェクト文化資本論 3331から東京ビエンナーレへ』(晶文社、2021.9.5)P255)

 アーツ千代田3331は、日常的に市民活動からプロのアーティストまで表現する活動性そのものの創造性が喚起される場(4)としてだけでなく、神田祭という祭りの神輿が置かれ、神酒所も置かれ地域行事の晴れの場にもなり、機能としては一つの建物でありつつ、スマートシティが備えるべき機能を有しているといえます。

 アーツ千代田3331は、1建物(ハード)ですが、スマートシティは、一定の規模のエリアの都市の中に、それらの機能散りばめられつつ、一つのエリアを地区(ディストリクト)を形成するものです。一つのエリアで、新しい取り組みを実装することは、かなりのハードルが高いものですが、世界では、すでに実装されている都市が出てきています。

スペイン、バルセロナにおけるアーバン・サイエンスに基づいたスマートシティ戦略

 スペインのバルセロナでは、スマートシティ戦略の一つに、スーパーブロックプロジェクトが実施されています。これは、碁盤の目で形成された市街地の400~500メートル四方を一つのスーパーブロックとしてエリア設定をし、エリア内への自動車の侵入やスピードを厳しく制限し、車道だった道路空間を公園やイベントスペース、公共駐車場、青空市などの公共空間に改編し、ただA地点からB地点へ向かうただの歩行者でしかなかった人々を、まちで過ごし、遊び、活動する市民へと変えることを目的とし、住環境の改善や指紋のクオリティ・オブ・ライフを高めるプロジェクトです。このプロジェクトは、バルセロナ市がバルセロナ都市生態学庁という非営利の独立行政コンソーシアムが所管し、運営されています。
 バルセロナ生態学庁で勤務された吉村有司氏は、スーパーブロックプロジェクトが実装できている理由を『MEZZANINE』にて、

かなりラディカルなことに本機で取り組んでいるのです。それも全てデータ分析に基づき、最善の方法を導き出しているからこそ可能になるのです。さらに言えば、バルセロナはこれらを全てオープンにしています。データやプロセス、結果をオープンにして他都市とシェアすることによって、自都市だけでは解決し得ない問題をネットワークの力によって乗り越えていこうとしているのです。(『MEZZANINE vol4』P096「吉村有司 都市にとっての科学と技術:アーバン・サイエンスの」より)

 どんな政策においても、政策を実施しなければならな課題や目標のために、根拠となるデータを使用します。しかし、この「データ」には、あらかじめ決めつけられた結果を導くためのデータと、随時更新がなされ、分析・仮説・対策がありどんな効果があるかを検証するという学習のためのデータがあります(5)。バルセロナでのデータの活用は、データは後者のデータであり、かつそれらをオープンにすることで政策の透明性を担保し、実行されています。ただ、それでもエリアを指定し、実装することは、反対する住民や政党による政治的な駆け引きの材料にもなることは言うまでもありません。
 バルセロナでは、住民からの反対意見や疑問に対し、何十回も話し合いや試行錯誤を重ねて折り合いをつけてきたそうです。路上を使った話し合いでは、市の担当者、都市計画家、大学生、住民が集まって夕方4時頃から始まり、終わったのが深夜2時だったとのことです。このような粘り強い政策推進の背景には、行政のリーダーシップとバルセロナ生態学庁のリーダーの力もあるようです。バルセロナ生態学庁創設者兼ディレクターのサルバドール・ルエダ氏のインタビューを引用いたします。

(スーパーブロックプロジェクトへの反対の意見が市議会や政権批判となることに対して)ただ現政権に対しては「落ち着いて冷静に」と言っています。現政権にはあと2年の任期があります。2年あれば大丈夫です。(『MOMENT創刊号ー特集-able City』(株式会社リ・パブリック、2019.6)「持続可能な都市への方程式」P17バルセロナ生態学庁創設者兼ディレクターのサルバドール・ルエダ氏のインタビューより

 市長は政治家であり、選挙で成果を判断されます。変化は反発がつきもので、失敗は失政につながるリスクがあります。それでも、立ち向かう姿勢は、2回目の引用になりますが、ニューヨークのブルーム・バーグ市長のこの言葉を紹介します。

「私は、行政局長たちに、政治カレンダーに従ってやるべきことをするように頼んではいない。正しいことをする、その一点のみ託している」(10)

 正しいと思うことを実行するには、そのプロセスや根拠などのデータをオープンにし、多事争論を受け入れ、粘り強く住民とも協議を重ねる姿勢は、日本の様々な会議体が学ぶべきところと思います(6)。先の吉村氏は、現在、東京大学先端科学技術研究センターにて、アーバン・サイエンスというデータ分析に基づいた、都市計画や合意形成の研究をなされています。この分野に関しては、すでに本の刊行企画が進んでいるようで大変楽しみです(7)。

 2022年は、いまだにCOVID-19の影響が続いています。しかし、21世紀が「都市の時代」であり、スマートシティ政策などで、都市のクリエイティビティを養っていける都市が、今後の都市競争を勝ち抜くこととなるようです。

では、冒頭にあげた「都市の時代」における福岡の都市戦略を考える上で、先の『MOMENT』のインタビューにおいて、バルセロナのアドバンテージについて、こんなやり取りがあります。

ひとつ大きなポイントとして挙げられるのは、バルセロナ市の境界線が、山や川、海によって、非常によく規定されていることです。外郭がはっきりとした都市にとって、発展とは外へ外へと広がる空間的な拡大のことではありません。拡張は、常に自然資源、・土地・エネルギーの消費を助長し、土地や環境を破壊します。そうではなく、私たちができるのは、すでにある要素をインテリジェントなプロセスで向上させていくことです。土地は限られていても、知識のレイヤーは重ねていくことはできる。(『MOMENT創刊号ー特集-able City』(株式会社リ・パブリック、2019.6)P18バルセロナ生態学庁創設者兼ディレクターのサルバドール・ルエダ氏のインタビューより)

 上記の言葉コンパクトシティと言われる福岡市の心ばかしのエールのように聞こえます。しかし、今の福岡市を形作った先人たちに恥じぬよう、またまだ私たちが取り組まなければならないことがあると思います。

 語るべきことは、まだまだありますが、福岡が「都市の時代」を勝ち抜くための素描として、ここで一旦筆を置くこととします。

2022年もどうぞよろしくお願いいたします。

Plat Fukuoka cycling 主宰 安樂 駿作

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〈参考文献等〉
(1)福岡市の現在の九州の経済的な中心都市となるまでの経緯については、木下斉著『福岡市が地方最強の都市になった理由』(PHP研究所、2019.2)他、木下さんのnoteや音声voicyでも福岡市に関する先人に間して学ぶことができます。
(2)アートを全面にまちづくりを行う手法は、筆者の学生時代であった2010年代に、瀬戸内海の直島などが注目を集めていました。その場所でしか体験できないアート体験について、観光客が多く集まり、地域活性化に繋がっていることは理解しつつも、一方でこれらのアート施設は、地域の人々に対して経済的以外の効果があるのだろうかと言う視点で疑問に感じていました。この疑念をもった筆者は大野佐紀子著『アート・ヒステリー ---なんでもかんでもアートな国・ニッポン』(河出書房新社、2012.9)という本まで読んでおりましたが、後に紹介する中村政人著『アートプロジェクト文化資本論: 3331から東京ビエンナーレへ』(晶文社、2021.9)より引用したテキストより、長年の疑問が解けたところです。なお、この本は東京アートイベントに関する書籍のため、福岡の書店では大型書店でないと目立つように並ばない本のようです。筆者はたまたまた東京の荻窪にある本屋titleに立ち寄る機会があり、偶然の出会いにて購入しました。自分の地域外のきちんと選書している書店に足を運ぶことは、知らない本に出会う貴重な機会であることを改めて感じました。
(3)アーツ千代田3331は、当時とある区役所職員として公民連携セミナーに出席。木下氏の狂犬と言われるトークに衝撃を受けた私にとって大変思い出深い場所でもあります。
(4)「日常的に市民活動からプロのアーティストまで表現する活動性そのものの創造性が喚起される場」というテキストを読んで、『マイパブリックとグランドレベル ─今日からはじめるまちづくり』(晶文社、2017.12)の著書田中元子氏と「喫茶ランドリー」を運営する大西正紀著「「喫茶ランドリー」はどうしてヤバい?市民の能動性を引き上げ、受け入れる。グランドレベルの壮大な実験がはじまりました。」(note、2018.1.28)にて、

場をつくるとか、コミュニティとか、そんな言葉に踊らされる時代はもう終わりにしなくてはいけません。いかに多くのアノニマスな市民を引き寄せ、自然と会話をしはじめる。その上で、それぞれが自由に存在できる。ささいなやる気が簡単に実現できる場がある。そういう場でまちが溢れている。それが、これからの21世紀に求められる本当のまちづくりだとわたしたちは考えています。それこそが「健康」や「幸せ」につながり、経済がより活性化していくのです。

という重要なテキストがあります。「喫茶ランドリー」は、田中元子氏と大西正紀氏の両氏が自ら運営し、アーツ千代田3331と同様に、補助金に頼ることなく民間の力で日々の活動が展開されています。
(5)データの使い方の種類については、ダン・ヒース著『上流思考ー「問題が起こる前」に解決する新しい問題解決の思考法』(ダイヤモンド社、2021.12.14)P139-141「「学習」のためにデータを使う」より参照。
(6)日々の様々な会議を体験している木下斉氏は、しばしみかける日本の会議形式の形式主義について「事前に配られた資料を朗読する究極に無駄な時間〜何も起きてほしくない事務局と、資料すら読まない偉い人〜」(note、2021.1.28)にて、日本では、地域のまちづくりに関する協議会や検討会などで、シナリオ通りで終わることを望む事務局側の様々な問題点を指摘されています。個人的に国権の最高位の首相や官房長官の記者会見までもシナリオ通りの面が否めない日本ですので、根深い問題と感じます。
(7)学芸出版社のnoteにて、「吉村有司さん著『アーバンサイエンス』(仮)の企画が通って嬉しい」(note、2021.2.19)にて、出版企画が発表されています。鋭意出版に向けた準備が進んでいると思われます。出版が待ち遠しいです。
(8)ジャネット・サディク=カーン氏、セス・ソロモノウ氏共著『ストリートファイトー人間の街路を取り戻したニューヨーク市交通局長の闘い』(学芸出版社、2020.9)P117「6章 生まれ変わったタイムズスクエアー歩行者空間化への闘い」より抜粋


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