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今日はうっかり魔物系

ドイツ文学者にして國學院大学教授だった種村季弘は、マゾッホ侯爵やカリオストロをよくし、幻想怪奇に耽った稀代の評論家でもあった。
60年代末、アングラ演劇と共に『吸血鬼幻想』は一世を風靡。暗闇のなかで奏でられるジャズ、黒テント、唐十郎や寺山修司・・・夜に咲く隠微な花は、血の匂いがする。

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本書は『血と薔薇』や『真紅の法悦』、『現代詩手帖』らに掲載された評論のアンソロジー。なかでも『吸血鬼論争』が面白い。

吸血鬼がもっとも盛んに、そして大真面目に議論されたのは、18世紀と氏は説く。ベネディクト会修道士のドン・オーギュスタン・カルメ、教皇ベネディクト14世、女王マリア・テレジアの侍医ジェラール・ヴァン・スウィーテン・・・あの啓蒙主義者ヴォルテールをも巻き込んで、ヨーロッパ中が吸血鬼論争に明け暮れた。

「一言にしていえば、吸血鬼論争は、近代合理主義と野蛮で荒々しい中世の神秘主義との間の、あるいは科学と迷信との間の、最後の決戦であった」

ジャンヌ・ダルクと共に百年戦争を戦った15世紀のジル・ド・レエ、侍女や村娘を大虐殺した16-17世紀のエリザベート・バートリ、実在の吸血鬼アルノルト・パウルはようやく18世紀に入ってから。
このように従来から吸血鬼譚はあったが、なぜ論争が18世紀に熾烈を極めたかといえば、時代背景がある。

アメリカ独立戦争、フランス大革命でブルジョアジーが王権に勝利。しかし敵を失ったブルジョアジーは以後迷走。ロベスピエールの独裁や、反革命で血みどろに。
革命自体むずかしいが、それを維持するのはさらにむずかしい。これは歴史が証明しておる。

我々がやってきたのは一体何だったのか。ブルジョアジーは戸惑い悩み、頭を抱えたことだろう。

これを逆説的に書いたのがバルガス・リョサ『世界終末戦争』である。ブラジルの、実際の歴史をベースに先進の沿岸部と後進の内陸部とが対立。王政が打倒され民主派が覇権を握るが、そこにキリストが現れる。元娼婦の「人類の母」や元盗賊、そして民衆が彼に従い、内陸部に〝この世の王国〝を作る。税金なんか払うかよと。
民主政府は怒り、軍隊を差し向ける。王党派の哀しみとヨーロッパから来た革命家、旅回りの一座が相まり、まさに世界終末大戦争が始まる。

『吸血鬼幻想』に話を戻します。

「(修道士)ドン・カルメは科学的真実を援用して、吸血鬼が恐怖や想像力の産物にすぎないことを証明したので、その逆ではない。死者が悪魔によって蘇生することを、むしろ無神論(科学)と手を握ってでも否認しなければならなかったのである」

「しかし、啓蒙家たちとこの正統カトリックの代弁者を区別する点がただひとつだけあった。死者復活の可能性は科学の名によって否定されるが、それゆえに逆説的にも『死者を復活させることができるのは神のみである』という結論が引き出される。科学の名において悪魔の所業を全面否認し、それゆえに神の存在を全肯定したのである」

ドン・カルメの論法は、我々クリスチャンそのもの。
キリスト教は、福音派の一部を除き科学を否定しない。なぜ春になると桜が咲くのか、ビッグバンは本当か、ニュートンとホイヘンスが解明した光の構造・・・合理的精神によって神の御業を明らかにする科学の営みを、大いに肯定するものである。

いっぽう、聖書に出てくるラザロの復活。あれは主イエス自らの御業だからこそ可能なのであって、科学も悪魔も死者を復活させたら、それは魔物にならざるを得ない。
ゾンビ映画のあれこれや、吸血鬼もそうよね。

「擁護すべき絶対者こそ科学と宗教はそれぞれ対立していたが、しかしひとたび魔術に対すれば両者はあっさりと密通して共同戦線を張るのである。それも道理で、土俗的迷信と魔術信仰は、正統教会にとっても、合理主義者にとっても、同じような不倶戴天の敵であって、魔術の恐るべき力を認めるくらいなら当面の論敵との一時的和解をさえ敢えて辞さないのである」

大革命後のブルジョアジーは、いわば啓蒙主義の申し子である。すなわち合理主義の。
ところが血みどろの反革命や独裁で、彼らは頭を抱えた。そこにたまたま旧来の魔術・土俗的迷信があった。
古い箪笥から敵を引っ張り出し、これをもっぱら攻撃する。そのためには元来「敵」たるキリスト教と手を結ぶのにも拘らない。
これって今の政治じゃないですか。国内の不満を逸らすのに外国や在日、被差別部落や生活保護を攻撃するという。

考えてみると、そんな啓蒙主義あるいは政治こそ、実は敗北者なのである。明らかな失敗を、人のせいにする。
吸血鬼こそたまったもんじゃないが、しかし勝利するのは唯心論、もっぱら人の心の問題。
唯心論はそして、唯神論なのですね実は。

今日は魔物系の音楽ですよー
◆ブルースブラザーズ2000より、ドクター・ジョン〝Season of The Witch〝

https://youtu.be/dNQ-jbkuueQ

◆ジム・ジャームシュのアレで有名、スクリーミン・ジェイ・ホーキンス

https://youtu.be/7kGPhpvqtOc

この人も、ある意味魔物よね。
◆ハウリン・ウルフ ー Goin' Down Slow

https://youtu.be/DjK12qRb7Ao

以上週末の夜に向けまして。世界週末戦争。

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