𝚛 𝚎 𝚖 𝚗 𝚊 𝚗 𝚝 𝚜

夏の終わりが近づいている。
夜が深まり始める、週末の代官山。
カフェやレストランは暗がりの中でも賑わっていて、熱気と高揚感に満ちていた。

これからどこへ行くのか、通り沿いではいくつか車が走っていく。
信号のライトはゆっくり点滅して、それに呼応するかのようだ。

さっきまで友人たちと夕食を食べていた。
心ゆくまで胃に押し込んだメキシコ料理とマルガリータが、今になって満腹感を煽っている。
散々盛り上がった後に店を出て、これから渋谷に流れる皆と抱き合って手を振り、背中を見送った。
まだ蒸し暑く、蝉が静かに鳴いている。
別れてから、そっと踵を返す。

もう随分と見慣れた通りだ。
白いガードレールに、猫の落書きが見える。
ふと、どこからともなく誰かの楽しげな笑い声が聞こえた。

ひとたび路地に入って路面店を次々と横切ると、影を落としたショーウィンドウの中では洋服やらアクセサリーやらが、少し淋しげに佇んでいる。
マネキン人形は私と一緒で、心なしかどこかに行きたそうだ。

でも、こちとらも何せお酒が入っていて足元が覚束ない。
つい転びそうになりながらしばらく夜道を歩くと、気怠い空気が熱く火照った身体に纏わりついた。

こんな帰り道は、何故か少しだけ泣きたくなってくる。
楽しいことが終わるたび、いつも襲ってくる寂寥感。
そんなものをいっそのこと全部、酔っているせいにして消してしまえたら気が楽だ。

今日はもう少しだけ、このまま生温い夜風を浴びて酔っていたい。
どうせ酔うなら、大好きな場所で。
とっくに閉まっているヴィンテージショップをいくつか通り過ぎる。
足が徐ろに、お気に入りのカフェへと向かう。

徐々に見えてくる優しい灯り。
緑が茂る木々に囲まれたアンティーク風の店構えで、外のテラス席にはイルミネーションが散らついている。
メニューボードに並ぶ、可愛いレタリング。
涼しい店内には、開放的な吹き抜けがある。
窓際に座って差し出されたメニュー表を見たけれど、欲しいものは決まっていた。

しばらくして運ばれてきたそれは、透き通る琥珀色の液体。
中には氷が浮かんで、微細な泡がふわふわと漂っている。
大好きなアマレットジンジャー。
鼻先をくすぐる、あんずの香りがした。
まるでいつかの誰かがくれた、甘くてほろ苦い何かを薫らすような。

グラスのリムにそっと唇をつけた。
私の中に、冷たいものが落ちて流れ込んでくる。
そして、少しずつ消えてなくなっていく。

穿き慣らしたデニムのポケットからAirPodsを取り出して、最近お気に入りの音楽をかける。
コナン・グレイのMemories。

時計に目をやると、もうすぐ22時だった。
あと少しでこの店も閉まる。
窓の外を眺めながら、ひどく懐かしい瑣末な景色を、ただぼんやりと思い出した。