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Shana Shana【前編】

 黒猫と目が合った

 空に浮かぶ満月のように大きな金色の瞳

 夜の大波が押し寄せようとする小さな部屋に、本当の闇が行儀よく窓辺に座っている。置物のように。

 彼の手前には、上品なきらめきを反射する銀の小箱がぽつりと一つ。

 中には、真っ白なジグソーパズル。暇をつぶすにはちょうどいい。

 しゃなしゃなと、箱からピースをばらまいた。

 満月の光に照らされたそれは、星のように仄かに光っていた。

しゃなしゃな しゃなしゃな

 眩しかった。

 パズルに魅入られていたら、いつの間にか、どこかのベンチに腰かけていた。 

 満天の藤の花を見上げる。優しい風に奏でられて、花は気持ちよさそうに唄っていた。

 ベンチの隣に座る、老人と目が合った

 しゃんとした紳士は、にこやかに帽子を取って、上品に挨拶

やあやあ、ここに来てくれてありがとう

真っ白なジグソーパズル、

あれはこの庭への扉なのです

綺麗な庭でしょう?

これはあなたのおかげで美しくなりました

あれは大切な真昼の光を描いたパズルなのですよ

 なるほど、通りで真っ白なのだ。老人は続ける

残念ながら、この庭はもう終わりです。

最後にお客が来てくれてよかった。ここはね、私が昔住んでいた家の庭なのですが、もうどこにもないのです

私が夢見る間だけ、こうして現れる

過去とは不思議なものですな、どれだけ散らばっても

こうやって丁寧に集めてくれる人がいれば、ほら、ごらん

まるで鮮やかに生き生きと美しくなるではありませんか

 さぁ、と老人は私に手渡した。見覚えのある銀の小箱。藤の花の銀細工

今度はあなたの番ですぞ

散らばった過去を集めるのです

辛い思い出も苦しい思い出も等しく大切なピースなのですから。

しゃなしゃな しゃなしゃな

 ぱらり、と、崩れる音がする。声は、音にさえぎられる。

 猫のとぼけたような鳴き声が、周囲に響いた。

 悪戯好きのしっぽは、パズルの縁を崩していた。

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