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#本棚をさらし合おう【第三回読書ススメ禄】心に響く処方箋たちと、その効能

風が入ってくる。

冷たい秋風は、金木犀の香りを存分に含んでいる。

視線の先では、この間剪定した北海道生まれのライラックが、なぜか人間の扱いにめげずに季節外れの新緑を広げている。

心が歪むとき、私は風の先にある本を開く。

心が痛いとき、私は手が伸びた先にある本を開く。

心が何も感じないとき、私は目を背表紙たちに向ける。

これは、その薬たち。

実のところ、本当の薬よりも人生に響き残る処方箋たちの、その効能について、ちょっと語ってみよう。

・現実からちょっと離れたい方へ

・『麦の海に沈む果実』

'わたしが少女であったころ、わたしたちは灰色の海に浮かぶ果実だった’

『三月は深き紅の淵を』から始まる三部作の二作品目にあたるこの本は、三月にとある学園に転校してきた〈理瀬〉という少女が、転校時にトランクをなくし、そのトランクを取り戻すまでの間の物語。

幻想的な謎に満ちた学園、宿舎の窓から見える美しくも恐ろしい風景、そこで生活する魅力的な少年少女たち。

物語に飲み込まれ、読者も学園の中に彷徨いこんだような、そんな錯覚を起こさせる効能を持つ。

この本と出会ったのは、高校の図書室。

あの時間に戻りたいとき、この本を開く。

・ほっと一息、休憩を入れたい方へ

・『魔法使いのハーブティー』

’魔女の後継者として、真摯に魔法の修行に励むこと'

両親のいない勇希が夏休みに預けられたのは、会ったことのない伯父。

彼は「魔法使いのハーブカフェ」を務める不思議な男性で、勇希と三つの約束を交わす。その中の一つが、「魔女の後継者になること」だった―ー。

ほっと一息、ラベンダーティー。美容に効能のあるローズヒップティー。

薫り高いハーブたちが、頑なになっている勇希の寂しい心をゆっくりと優しく解してゆく。それは、読者の心も同じように。

心が頑なになったな、と思う方に、そっと差し出されるハーブティーと同じように、軽やかになる「魔法」をかける効能を持つ。

自分にピッタリのハーブティーを見つけたいとき、この本を開く。

・静寂な視界を見たい方へ

・『黒猫の遊歩あるいは美学講義』

'「真剣に考えてごらん。描き手の図式を探るんだ」'

エドガー・アラン・ポーの研究をしている大学院生「付き人」と、「美学」を専門とする若く美しい大学教授「黒猫」がめぐる、美学の遊歩。

美しくもグロテスクな一面さえ持つ謎を、「美学」と「ポー」の物語を搦めた「テクスト」として鮮やかに「解体」してゆく黒猫の講義。

一時、夢のように解体される謎を読んで、深い美学の世界に少しだけお邪魔して、静寂で深淵の学問の世界を見せてくれる、そんな効能がこの本にはある。

心の中を整理しようとするとき、この本を開く。

・ちょっと旅気分になりたい方へ

・『北北西に曇と往け』

'真実は 霧の中の一本道 晴れた日にどこまでも ひとり気ままに 走る夢’

氷と火の国、アイスランドの美しい大地に、17歳の探偵「慧」が古いジムニーを走らせる。

日本から遠い国を素晴らしいタッチで繊細に描き、一人の魅力的な少年が若い大地で逞しく生きる。

日本とは違う大自然を感じることのできる効能を持つ。

生命感に溢れる風を感じたいとき、ふと、旅に出たいと思ったとき、この本を開く。

・ふと「隣人」の存在を感じたい方へ

・『魔法使いの嫁』

'どこでもいい ただ 帰れる場所が欲しい'

人外の魔法使い「エリアス・エインズワース」に買われた少女「チセ」が、彼の弟子として、魔法の世界に踏み込んでいく。

ケルトは、どこか日本と通じている。「あわい」の世界が、同じぐらい身近に存在している。

この本からふと視線を虚空へ向けると、そこに「何か」がいる錯覚を覚えることがある。もしも、それが「妖精=隣人」だったならと、ふと楽しい妄想ができる。

この本は、目に見えないものが見える気がする効能を持つ。

少しだけ、現実から離れたいとき、私はこの本を開く。

・「最高の休み方」を求める方へ

・『Have a Great Sunday』

'これぞ最高の日曜日'

長い間NYに住んでいた小説家「楽々居輪治」は、父が残した家を残すため、東京に戻って気ままな一人暮らし。

彼の息子・マックスと娘婿・ヤスは、輪治から「大人の日曜日の過ごし方」を学ぶため、毎週日曜日にやってくる―ー。

日常を送るには、それなりの鎮静剤が必要だ。

「日曜日に行きたい場所」、「日曜日にやりたい掃除」、「日曜日だからこそ許されるキッチンドリンカー」……。

仕事で忙しい時、心がささくれ立っているとき、独特の時間を内包するこの本を開くと、「最高の時間」を思い出させる効能を持っている。

仕事モードから「最高の休み方」を思い出したいとき、この本を開く。

・旅を感じたい方へ、ただしお酒入り

・『隅の風景』

'探していたのは、小説の予感'

『麦の海に沈む果実』の著者、恩田陸さんの綴る旅エッセイ。

物語を幻視する著者が、物語の予感を探す旅。

ただし、ほぼ全編お酒入りなので、お酒好きは彼女と一緒に飲みたくなること必至。お酒が苦手な人も美味しそうなその描写に「ちょっといいな」と思うこと必至。

「旅に出たい」と思うとき、その旅先として「ここはいいなぁ」と気付ける効能を持つ。

ただし成人も未成年も、用法用量を良く知ったうえで、本を開くこと。

・日常の中に香りを感じたい方へ

・『続・私の部屋のポプリ』

'さまざまの花や香料の香りがとけあって、一つの香りが生まれるポプリ'

※「私の部屋のポプリ」という一冊目がもちろん存在する。でも、我が家の本棚のどこかに消えた。こういう時は焦らず騒がず、黙って続刊を手に取ること。

ポプリ作家である著者が、手に取った小物、心に残った出会い、日常の中に紛れそうな美しい一時を集めた宝石箱のような一冊。

香りの強い香水ではなく、生命力にあふれる生花でもない、淡く優しい香りが、本を開くとあふれ出る。

日常の忙しさのせいで、ふと「日々の美しさ」を忘れかけた時、それを思い出させてくれる効能を持つ。

「綺麗だ」と感じる心を取り戻したいとき、この本を開く。

・ふらりと、優しい薬草店の扉を叩きたい方へ

・『香りの扉、草の椅子 ~ハーブショップの四季と暮らし~』

'人生はつづれ織りのよう'

蓼科ハーバルノート・シンプルズという薬草店を営む著者による蓼科の自然と共に生きる日々と、ハーブたちが綴られたエッセイ。

ドライハーブの合わせ方や、アロマテラピーに際してのオイルの調合も記載されているため、時々教科書として本を開くことができる。

一人の女性の回顧録であり、「どんな生き方をしようか」と悩むときにふと「こういう生き方もあるんだな」と気付かせてくれる効能を持つ。

ふと、自然と共に生きてみたいと思った時、この本を開く。

・大地の欠片と童話の世界に魅了された方へ

・『賢治と鉱物 ~文系のための鉱物学入門~』

'さあ、賢治が愛した、鉱物の世界へ'

鉱物学者と、地質学者ながら「宮沢賢治奨励賞」を持つ二人の著者が贈る煌めく湖面のように美しい世界。

綺麗な言葉と煌めく鉱物が、めくるめく万華鏡のように深淵の世界を垣間見せる。

鉱物の写真と、宮沢賢治の文章を読むだけで、癒しを与える効能を持つ。

ふと、美しいものに触れたいとき、永遠に近く形を保つ鉱物の存在に心を馳せたいとき、この本を開く。

・おわりに

心の処方箋集、いかがでしたでしょうか。

全10冊。私が使う、心の薬たち。

この本を読めば、初めて読んだあの時を思い出す。

あの本を読めば、ぼんやりとだけど自分の求めるべきものが見える。

私にとって、本とは過去、現在、未来の自分を結んでくれる結び目のようなもの。

物語の世界に勇気づけられ、過去の時間に心を若返らせ、未来の時間に希望を持てる――。

そんな本たちを、今回の企画【#本棚をさらし合おう】で、いろんな人たちに紹介出来たこと、嬉しく思います。

ーーーとまあ、これまた物語調にまとめてみました。


気がつくと無難に読了後にいい気分になるファンタジー系まとめになったんですが、いつか推理小説まとめや、SF小説まとめなんかもやってみたくなりますね。

作家でのまとめもいいかも……なんて、様々な妄想ができあがってきているので、またやります(笑)

読んでいただきありがとうございます。 頂いたサポートは、より人に届く物語を書くための糧にさせていただきます(*´▽`*)