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2011年英国の旅、を振り返って

三年間にわたるコロナ禍から、少しずつ日常を取り戻しつつある現在。
ふと、私が最後に渡英してから干支が一周していることに気づきました。
実を言うと、昨年に英国を訪ねるチャンスはあったのです。けれど、どうしても資金面で折り合いがつかず、私は旅に参加するのを断念していました。
それだからこそ、旅を希求する思いが日毎に強くなっているのを感じます。
12年前の旅の記憶を振り返るつもりで、以前に綴った内容を改めてまとめ直してみました。

序章、そしてある樹木の終焉2

私にとって旅とは、自分自身や人生を見直す機会です。
特に海外に出かけると、目に見えない存在とのつながりが強くなるので、さまざまなサインやメッセージがもたらされます。
今回もまた、非常に重要なメッセージをいただいた旅となりました。

フラワーエッセンス研究会(FEW)の仲間と一緒に英国を旅したのは、2011年5月の中旬。フラワーエッセンス植物の中でも、多くの樹木が花を咲かせている時期でした。
仲間と合流する日よりも早めに英国入りした私は、まっすぐにグラストンベリーへ。昨年伐られてしまったと聞いた、ウェアリーオールヒルにあるホーリー・ソーンの現状を見ておきたいというのもあり、グラストンベリーでゆっくりと充電してツアーに臨もう……と思ったのです。

再び英国を訪ねるにあたり、前もってどこに行きたいかを考えていました。ここにも、あそこにも行きたい……と夢を描いていたひとつに、ホーリー・ソーンの再会があったのです。
ウェアリーオールヒルに立ち、ホーリー・ソーンの枝越しにトアを眺めるとき、その風景はまるで映画のセットのように見えたものです。現実の世界でありながら、非現実の世界でもある。そんな不思議な感覚を覚える風景は、私がこれまで訪れた場所の中でこの地以外にはありませんでした。

丘の上で、ホーリー・ソーン越しにトアを眺める

もう、あの丘にホーリー・ソーンはありません。その事実をしっかりと受け止めて同じ場所に立ち、トアを眺めながらホーリー・ソーンの存在を感じてみたい。
その心境は、東日本大震災を経験し、当たり前だった日常が一瞬にして壊れてしまった喪失感とも重なっていたように思います。

ひとり旅というと、いつもツアー終了後の数日間を充てていたのですが、今回は前泊でのひとり旅。
空港での手続きや乗り換えなど、初めての経験で緊張の連続ということもあり、かなり気が張っていたのだと思います。深夜にようやく宿にたどり着いたときには、全精力を使い果たしてクタクタでした。
でも、この疲労感は、単純に旅の疲れではないみたい。翌日、まだ十分に疲れが抜け切っていない身体をベッドに横たえて気づいたのは、日本から離れて身を置けたことへの解放感でした。

3月11日の震災から2ヶ月が経った5月の時点で、自分自身では落ち着きを取り戻していたつもりだったのですが、余震や放射能に対する不安が知らず知らずストレスになっていたのかもしれません。そんな状況から解放されたのだ……という率直な喜びと感謝の気持ちが、じわじわと全身を包んでいったのです。
そんな実体験から導き出したのが、災害を経験したときには、なるべく意識して旅行に出る機会を作るべきかもしれない、ということ。数日、それが無理なら数時間でも日常から離れるだけで、心身にとってはよい作用をもたらすでしょう。十分にリラックスしてリフレッシュできれば、自分の居場所に戻って頑張る力がわいてくるものです。
コロナ禍が収束に向かいつつある2023年現在も、12年前と同じ気持ちでいます。今こそ、自分に優しくできる機会をたくさん作ってあげてくださいね。

2011年の旅に戻ります。
訪ね所満載のグラストンベリーですが、私が最初にご挨拶をしたのは、やっぱりトア。一番最初はトアというのが、グラストンベリーでの私の決まりごとになっています。

トアまでの道は一般的に、ミカエルルートとされる直線の道と、マリアルートとされる曲線の道があります。これらの2つの道は整備されているので、トアを訪ねる人は大抵どちらかの道を歩きます。
さらに、一般にはあまり知られていない“第3の道”というのがあるのです。それはトアの周りをぐるぐると回りながら登っていく螺旋のエネルギーを帯びた道で、人が踏み固めただけの目立たない小道。何でもこの道は「異界に通じる」とされているそうです。

私が泊まった宿は、ちょうどトアの麓にあって、途中からミカエルルートに合流する道が宿近くから続いていました。
いつもだったら通い慣れた道。まっすぐにミカエルルートに合流するのですが、今回は気が変わって、人の踏みならした道に沿って歩いてみようという興味がわいてきたのです。そうして、頂上とはまったく別の方向に向かう道に沿って歩き始めたら、目の前に不思議な光景が現れました。

異界(アヴァロン)へ通じる門のごとく

雷に打たれたのでしょうか。
一本の樹が真っ二つに裂かれている間を、道が走っているのです。それも、裂かれた樹は枯れることなく、両方とも青々と葉を生い茂らせています。

この樹がまるで門の役割を果たしているようで、この道はまさに異界に通じる道と言ってもよさそうに思えました。そこで、この裂け目を通って、道なりにトアを目指していったのです。
頂上にそびえ立つトアが右に見えたり左に見えたりして、明らかに丘を螺旋状に歩かされているのがわかりましたが、ただひたすら黙々と道の続くままに歩いていきました。

途中からマリアルートに合流して頂上へとたどり着いたので、そのときは何とも思いませんでした。しかし、旅を終えて思い返してみたときに「ここから始まっていたんだ!」と妙に納得できる共通点を発見したのです。

今回の旅では、コーンウォール地方にも行く機会をいただきました。そこで訪れた場所はみな、古い時代のケルトにゆかりのあるところばかり。
最初にトアで渦巻きのエネルギーを帯びたのには、そういった旅の流れを意図していたのでしょう。

奇妙なことに、トアを登頂してからというもの、まったくセルフチェックができなくなってしまいました。
O-ringチェックをしようにも、イエス・ノーの答えが導き出せないのです。特に、自分自身や友達へのお土産選びが何ひとつできないため、これはいったい何なんだ?と不思議に思っていました。
まあ、旅は始まったばかりだし、ツアーの後半でグラストンベリーに立ち寄る予定もあるから、そのときに買い物をすればいいや。旅の最初からお土産で荷物がいっぱいになるのを無意識に止めているのかな?などと安易に考えていたのです。

でも、どうやらそうではなかったみたい。
セルフチェックができなくなってしまった原因は、旅の後半で明らかになるのでした。

ホーリー・ソーンの丘にて

グラストンベリー・トアから次に向かおうとしたのが、ウェアリーオールヒル。
ここには昨年まで、ホーリー・ソーン(サンザシ)がありました。

グラストンベリーのホーリー・ソーンは、キリストの遺体を埋葬し、イングランドに聖杯を運んだとされるアリマタヤのヨセフにゆかりのある植物です。
何でも、ウェアリーオールヒルでヨセフの突き刺した杖が根づいて樹木に生長したのだとか。それゆえに、グラストンベリーに生育しているホーソン(Hawthorn)はすべて、ホーリー・ソーン(Holy Thorn)と呼ばれているのです。
フィンドホーンのエッセンス「ホーリー・ソーン」は、このグラストンベリーに生育しているホーリー・ソーン(Crataegus monogyna 'Biflora':グラストンベリーのサンザシ)の花から創られたもの。グラストンベリーの丘に根を張っていたこの樹木は、そのくらい象徴的な存在だったのです。
しかし、心ない者の手によって昨年伐採されてしまいました。
それは「どこにでもいる荒れた若者たちの仕業」だったそう。その情報がもたらされたとき、私はバッチ博士のオークが切り倒されてしまったときのことを思い出していました。

樹木は、大自然のリズムに忠実に、時には何百年・何千年と生きる存在です。
人間がこの地上に誕生する以前からこの地球を守り見続けてきた“先輩”を、こんな形であっけなく失ってしまうことに、何とも言えない寂しさを覚えたのです。

今、あの樹はどんな状態なんだろう?すっかり跡形もなくなってしまったのだろうか?という疑問もあり、グラストンベリーを訪ねた際には、実際に自分の目で確かめ、感じてみたいと思っていました。

トアを下って一般道に出ようとすると、目の前にタクシーが到着。中からトアを目指そうとしている観光客が出てきました。その様子を見ていると、運転手さんがしきりに私に手を振っています。
……別に私はタクシーに乗るつもりはないんですけれど?
車に近づいて、その理由がわかりました。昨夜、真夜中にグラストンベリーのバス停に到着した私を、宿まで送り届けてくださった運転手さんだったのです。
「どこまで行くの?乗せてってあげるよ」と声をかけてきたものの、すぐに返事ができずに困っている私に、すぐさま「お代はいいから」とつけ足してくれました。
申し訳ないです、ゲンキンな私は「お代はいいから」という言葉にすぐに飛びついてしまいました。
「じゃあ、乗る!」

ウェアリーオールヒルまで、と行き先を伝えたとたん、運転手さんの顔が曇りました。「ホーリー・ソーンの樹が伐られてしまったのは知ってる?」
知ってる、と答えると「とても愚かな行為で、悲しい出来事だよね」とつけ加えたあとに、こう話してくれたのです。
「きっとまた、新しいホーリー・ソーンの樹が植えられるさ」

確かに、グラストンベリーの街の中を歩いていると、若いホーソンの樹が花を咲かせているのをところどころで見かけました。
わざわざ「Holly Thorn」と名札をつけている樹もあり、恐らく丘の上のホーリー・ソーンを挿し木で増やしていたのかもしれません。

かつて清教徒革命の時代にも、丘の上の樹が伐られた過去があります。
もともとホーソンはケルトの聖樹であり、妖精の国に守られた魔法の樹、豊饒のシンボルとして大切にされていました。ところが、キリスト教会はこれら異教の信仰を「悪魔的な教え」として弾圧し、グラストンベリーのホーリー・ソーンは「忌まわしい偶像崇拝」として、クロムウェル率いる清教徒たちに切り倒されてしまったのです。
そんな宗教争いに巻き込まれた深い深い歴史を持つ樹なのですが、昨年の伐採には、いったいどのような意味が込められていたのでしょう。
単なるいたずらなのだとしたら、本当に愚かな行為だったとしか言いようがありません。

伐採の第一報を知ったときには、てっきり根元からバッサリ伐られて、跡形もなくなってしまったのだと思っていました。
実際に現場にやってきて、幹がまだ残っているのだとわかりました。樹を保護する囲いがあるので、その囲いがなくなるあたり、だいたい地面から2メートルくらいの位置で、枝がすべて切り落とされているのです。
これならば、ひょっとすると残った幹のところから新たな芽が芽吹いてくるかもしれない。そう思って幹をぐるりと見回してみたのですが、残念ながら生命の気配は感じられませんでした。
幹もすっかり乾き切っていて、それはまるで強いショックを受けたためにすべての機能が停止してしまったかのように思えました(よく、強いショックを受けると人間の黒髪が一瞬にして白髪になると言いますが、まさにそんな感じ)。

この樹木の痛みと、震災の痛みとを重ね合わせながら、私はこの丘で1時間ほど過ごしました。トアを眺めたり、雲の動きで光がさまざまに変化するのを楽しんだり、遠くから聞こえてくる牛や羊の声、車が通る音など人や動物の生の営みを感じたりしながら。
その間、数名の人がこの丘を訪れ、樹に触れ、立ち去っていきました。

多くの人たちがいまだにこの樹を大切にしているというのは、囲いに結ばれたたくさんのリボンからもわかるでしょう。
この樹の姿からは、喪失感からくる深い悲しみと、それでも決して希望を失わない人々の祈りが象徴されているようで、それはまさに今の日本の私達が置かれている状況に通じるように思えました。
そして、震災から2ヶ月しか経っていない状況で日本を離れ、グラストンベリーのこの丘で痛みを感じている偶然と境遇に、とても感慨深い気持ちになりました。

すべては必然である。
私にとっては、すべての出来事が起こるべくして起きていて、居るべきところに導かれて居るのだと思えたのです。

ケルトの聖地で魔法の樹に小突かれる

どうやら、グラストンベリー・トアに通じる道で見つけた樹木は、ホーソンだったそうです。後に旅仲間から教えてもらいました。
恥ずかしながら、私は樹の間を抜ける道のほうに夢中になっていて、それが何の樹なのかまでは確認していなかったのです。でも、その事実を知らされてからは、この旅で最も親しくなった樹木は、やっぱりホーソンだったのだ、とはっきり理解できました。

旅の仲間と合流して始まったツアーは、フラワーエッセンスの植物に会いに行くのが前半の目的でした。英国を訪れるたびに必ず立ち寄る場所のほかに、今回は少人数ということもあり、通常のツアーでは行けない場所を訪ねてみようと計画したのです。
そのひとつが、オルコン・バレー(Olchon valley)にあるホリーの森でした。

正確な場所がわからないため、手がかりを求めて地元の人に尋ねながら、車1台しか通れないほどの狭き道を進みます。道の両側は生け垣で覆われているため、まるで迷路のよう。それも起伏の激しい道なので、まるでローラーコースターに乗っているかのような気分になってきます。
丘を登ったり下ったりしているうちに、急に視界が広がって現れたのは、山の斜面にホーソンが咲き乱れている円い空間でした。

イングランドとウェールズの国境線に近いため、恐らくここはケルトの古い戦場の跡であり、円形に開けた空間の周りをホーソンが囲む様子からは、儀式を行う聖地でもあったのではないか……と推察。霊的な気配に敏感な仲間は、具合が悪くなるなど体調の異変を訴え始めました。
その一方で私は、この風景に出くわしたとたん、一気に眠気が吹き飛びました。車中で見たときから目に飛び込んできた1本のホーソンの樹木めがけて、まっすぐ歩いていったのです。

今回の旅では「どうしてあの風景をカメラに収めなかったのだろう」と後悔した場所がいくつかあります。この場所もそのひとつで、私はカメラに収めていませんでした。 この写真は一緒に旅をした、gattoアロマテラピースクールの橋本由佳さんが撮影したものです。

私が会いに行ったホーソンは、高さ6〜7メートルといったところでしょうか。一番下の枝はちょうど目の高さくらいで、堅くゴツゴツとした枝にそっと手を伸ばして挨拶を交わしました。
そうして辺り一面を散策して、そろそろ車に乗り込もう……と来た道を戻るときに、最後にもう一度あのホーソンにお別れの挨拶をしておこう、という気になったのです。そこで山の斜面をおそるおそる下りながら、仲間の歩く道から外れてホーソンのところに戻りました。
ホーソンの真ん前まで戻って、右手を伸ばして枝に触れようとしたその瞬間、足元がつるり。伸ばした右手は空を切り、つんのめった姿勢のまま、頭が枝をかすめながらホーソンの根元に飛び込んでいきました。
転んだとき、真っ先に気になったのは、周囲の反応(誰かが見てやしないかと思って……笑)。おそるおそる仲間がいる方向を確かめたのですが、誰も私が転んだことに気づいていませんでした。まずはそれにホッとしながら、足元の汚れを払い、再度ホーソンに挨拶を交わして、何もなかったかのように山を下りてそそくさと車に乗り込みました。

したたか頭を打ったという感覚はまったくなかったのですが、車を走らせてしばらくすると、枝をかすめた部分がジクジクと痛むのです。後に頭をそうっと触ってみたら、どうやらたんこぶができてしまったみたい。これはどうやらホーソンに怒られたようだ……と、帰国してからホーソンのメッセージを振り返ることにしました。

ホーソンは、フィンドホーンに「ホーリー・ソーン」の名でフラワーエッセンスがあります。その名の通り、グラストンベリーのあの樹と同じ種の花から作られたものです。

ホーリー・ソーン(Holy Thorn/セイヨウサンザシ)

ホーリー・ソーンのエッセンスは、わたしたちが心を開いて、自分自身と他者を愛し、受け入れるのを手助けしてくれます。そして人々と親しくなり、自分の真実を表現し、創造力を発揮させてくれます。

(マリオン・リー著『花の贈りもの』風雲舎)

思えば、グラストンベリーでホーソンの裂け目を通ってトアに向かったあのときからセルフチェックができなくなっていましたから、オルコン・バレーのホーソンにガツンと頭を小突かれたのは「心を開きなさい」「自分を愛しなさい」といった教育的指導だったのでしょう。

その後、ホーソンの痛みはしばらくの間ジクジクと残っていました。
さすが妖精の国に守られた魔法の樹。
ホーソンの小突きは、私の頭にたんこぶをもたらしただけに限らず、セルフチェックができないほどブレていた精神面や霊的な面をも一喝していたみたいです。

汝、自身を解放せよ

旅、特に海外に出かけたときは、自分のために買う土産物はすべてエネルギーチェックをしています。
自分にとって必要なものを適切に買い求めるためには、とにかく自分で“感じて”選ぶのが一番。どんなに欲しいと思ったものでも、エネルギーチェックでNOならば「ご縁がなかったのだ」とあきらめがつくのです。
なぜなら、フラワーエッセンスを実践する(自分の本質を生きる)ためには、自分自身がブレてはいけないから。
……求道者としての意識がそうさせるのかもしれないのですが、自分で感じて出た答えは絶対であって、自分自身を裏切ることはできないのです。それゆえに、あえてエネルギーチェックをせずに衝動買いしてしまうことも多いのですが(苦笑)。

すでにご存知のように、今回の英国旅では、エネルギーチェックができなくなっていました。YESなのかNOなのかの判断がまったくつかないのです。
これは困った。。。
ただ、英国旅は毎度のことながら、レイラインが交差するグラストンベリーであったり、ケルトの色合いが濃いウェールズであったり、非常に強い磁場を旅しています。そのため、自分に起きているエネルギーのブレは、これから訪れる場所に備えての状況なのかなと考えていました(特別な場所を訪ねることで、ブレが直るというふうに)。
そんなことを、夕食後のフリータイムで旅仲間に説明したのです。
そうしたら、仲間がすぐに反応しました。「それは、どこかで宣言が求められているんじゃないの?」
単に訪ねるだけではダメ、そこで自分自身の何かを解放させなければ、ブレが直せないとのご指摘。思ってもみなかった展開になってきました。。。
ただ、今の私はセルフチェックができない状態です。そこで「どこかでエネルギーを見てみましょう」と、仲間のO-ringチェックを受けることになりました。

そうして、ついにO-ringチェックを受けるときがやってきたのです。
それは、コーンウォール地方に入ってすぐの小さな村・ティンタジェルでした。

大西洋側に面したこの村は、ティンタジェル城が観光名所となっています。でもそれよりも何よりも、村の様子や自然の景観が、アイルランドを想起させるのです。
たぶん、旅行中で私が最もカチッとはまったのは、テインタジェル村周辺の風景でしょう。海の向こうにあるアイルランドを思いながら、旅仲間に「この場所はいい!」と連呼してましたから(笑)。

ティンタジェル城は、アーサー王生誕の地として知られています。
また、ここには英国最後のケルト教会や僧院跡が残っています。

そういえば、前乗りしてグラストンベリーに滞在していたとき、アビーを訪れていました。これまで何度かグラストンベリーを訪ねているのに、アビーを訪れたのは今回が始めてでした。
グラストンベリー・アビーには、アーサー王のお墓があります。アーサー王にまつわる生と死の場所を訪ねるなんて、これも何かのご縁なのかもしれませんね。

グラストンベリー・アビーにて。人がたむろしている場所の奥、中央にある四角い部分がアーサー王のお墓とされています。

私のO-ringチェック場所は、ティンタジェル城内の、大西洋に面した見晴らしのいい崖の上で行われました。

前夜に仲間とひとしきり盛り上がったのが、パートナーに関する話題。それなので、最初は「私が宣言すべき内容は『パートナーと出逢う』ということですか?」という質問からO-ringチェックをしてみました。
答えは……残念ながらNO(苦笑)。
今回の旅の目的は、フラワーエッセンスの植物に触れることだったよなぁ……。そんなことを考えながら、次にしてみた質問は「フラワーエッセンスに注ぐ比重をもう少し増やす」というもの。
答えは……ちょっと微妙な感じ?
そのとき、すぐさま友人が質問を変えたのです。「それなら『すべてのエネルギーをフラワーエッセンスに注ぐ』というのはどう?」。
答えは……YES! えぇ〜っ!?

私が驚くよりも先に、友人のほうがのけぞってました。「フラワーエッセンス一本で生活していくって、大丈夫なの!?」
質問を誘導した人にそんなこと言われても困るんだけど……と、思わずツッコミを入れたくなりましたが、ぐっとこらえて。なぜなら、O-ringで自ら導き出した答えですもの、この選択を信頼するしかないのです。

それはわかっているんだけれど……なぁ。。。
課された内容の重大さにおののくあまり、結果を受け入れられなくなっている自分がいました。

Mission accomplished!

宣言の内容は決まりましたが、次はその宣言を“どこで”行うかです。
「場所については、自分で選べるはず」との友人のアドバイスに従って、ティンタジェル城内をくまなく散策することに。
何かピン!とくる場所があるかしら……と見回したのですが、まったくと言っていいほど直感が働きません。
そこで、ティンタジェル城の地図を広げて、適当にO-ringしてみたのですが、ココという場所を見つけられることができないのです。
う〜む。

こういうときは自分ひとりで頑張らずに、誰かにサポートをしてもらうべきかも。そんなふうに思えたので、近くに仲間がいないか見渡してみました。
すると、遠くのほうから近づく友人を発見。
よし、彼女に助けを求めてみよう。
私は自分から彼女に近づいていって、O-ringをお願いしました。

「ここじゃないかな?」
地図を眺めながら、友人が直感で選んだ場所を示しながらO-ringチェック。
答えは……NO。
「じゃあ、ここは?」
今度は、私が適当に選んだ場所でチェック。
答えは……YES。へぇ、そうなんだ。
選んだ場所に対応する遺跡名を調べようとすると、傍らで友人がいぶかしげな表情をしていました。
「ちょっと待って。もう一度確認する」
そう言った友人は、今度は質問の言葉を発さずに、心で念じながらO-ringチェック。すると、いくつかの質問で、彼女が納得できる明確な答えが導き出せたようでした。
「やっぱりね。意識がすごく抵抗しているみたい。正しい場所はこっちね」
そうやって改めて示された場所は、何とまあ、ケルトの教会跡地でした。
えぇ〜っ!教会での宣言って、神に誓うってことじゃないの〜(涙)。

彼女に見送られながら、私は教会跡へと向かうことに。
目指す場所は、ティンタジェル城内の中央、最も高いところに位置していました。

とっても小さな教会跡は、まるで私を待ち構えていたかのよう。
周辺に人影はなく、完全に私の専用スペースとなっていました。
でも、入り口とおぼしき場所から入るのに抵抗があったので(汗)、庭に面した、おそらく窓であろうとおぼしき小さな凹みから中に侵入。そうっと祭壇の前に立ちました。
……でも、祭壇の前で宣言をする勇気がなかったので、横に逃れ、入ってきた場所の窓の凹み部分に腰を下ろすことに。そうして、しばらくその場で感じることにしたのです。
祭壇の正面で堂々と宣言できないのが今の自分。
窓に座って横目に祭壇を眺める、ちょっぴり抵抗した部分も含めて、これが私らしい姿なのだと思えました。そうして、ギュッと目をつぶって一気に願ったのです。
「私は、自分のすべてをフラワーエッセンスに捧げます!」
そうして、その言葉を何度も心の中で噛みしめていました。

すると、思ってもみなかった言葉が心の中に流れ込んできたのです。
「フラワーエッセンスを創る」

……いや、いやいや、いやいやいや、、、いやいやいやいや、いや〜!!!!!!!!
すぐさま拒絶反応で、流れ込んできた言葉を打ち消しました。
だって、フラワーエッセンスを創るだなんて、そんな大それたことができるはずもありません。
ヒーリングハーブ社のジュリアンを見ていても、それがどれだけ大変なことなのかが伝わってきますし、そもそもフラワーエッセンスを扱うこと自体、自分自身の内面がとても問われるものなのです。
私にとってフラワーエッセンスを創るという作業は、神の道に直結するようなイメージがあります。とても尊く、美しい光の作業なのです。
そんな作業に加わるだなんて、絶対無理。

でも……。
拒絶の姿勢をとったことに疑問がわいてきました。自分で宣誓をしておきながら、直後に否定してしまっては、宣言の意味がないのでは?
強い感情を伴うものは、強い願いとなって宇宙に届きます。
ということは、私はこの教会で「ノー」と宣言することになるんじゃない?
それでいいの?

一生懸命考えました。
フラワーエッセンスを創るだなんて大それたことはできないけれど、ちょっと試しに、遊びでフラワーエッセンスを創ってみてもいいんじゃない? 自分のためだけにエッセンスを創って試すくらいならば、できるかもしれないよね?
心の中で必死に抵抗して拒絶している自分自身に話しかけたのです。
そして、抵抗なく受け入れられる宣言をもうひとつ作り出しました。
「私は、自然の流れの中に身を委ねます」

自分にどのような流れが起きたとしても、その流れに乗っていく。
それは、今までもやってきたことだし、これからもやっていけるはず。
そうやって、自分の中で折り合いをつけながら、ようやく納得できる宣言へとたどり着いたのでした。

ようやく心が定まって辺りを見回したとき、座っている傍らに小さな花が咲いていることに気づきました。私の宣誓を見守ってくれた植物なので、記念にパチリ。

帰国して調べてみたら、フィンドホーンのフラワーエッセンスになっている「シー・ピンク」であることがわかりました。
もちろん、エッセンスとして取り組んだことは言うまでもありません。

シー・ピンク(Sea Pink/はまかんざし)

わたしの特性は神の聖なる意志に、心から身をゆだねることです。
それはあなたたちのだれもが求めていながら、努力によっては叶わず、ただ神の御心によってのみ実現されるのです。
私の最も大きな願いは、神に身を捧げること——自分が宇宙のあらゆる存在と一体であることを理解し、惜しみなく自分を与え、心から人を愛することです。
***
シー・ピンクのエッセンスは、私たちが自分を高次の存在に同調させ、存在のすみずみまでスピリットを受け入れるのに役立ってくれます。こうしてわたしたちの生命力を聖なる意志と合体させ、融合させることによって、各チャクラの間のエネルギーの流れは、はじめてバランスが保たれるのです。

(マリオン・リー著『花の贈りもの』風雲舎)

「神の聖なる意志に、心から身をゆだねる」を体現する植物のそばで宣言をしたこと、そして宣言の場所がケルトの教会だったこと。
これらの出来事はすべて私の中で重要な意味となって結びついていきました。
具体的に何が変わったのかはわかりませんが、私の心の中では何かが大きく変化したのです。
そう、あの宣言をきっかけにして。

旅を振り返ってみると、この宣言こそが、今回の旅に課されたミッションだったと思えます。
そして今、私はこの宣言に則って生きることを、少しずつではあっても日々実践しているところなのです。

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