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定年ジジイの回顧録           B to B のビジネス人材はB to Cで育てる(会社員で良かったこと)


#会社員でよかったこと
冒頭は #落語で言えば #まくら  と 呼びます
古典でも 新作でもそうかもしれませんが 本題に入る前に空気を整える 言い換えればオーディエンスの耳を引き寄せる 話術


まくら

まくら話として、前段は生い立ちです。
私は神奈川の、大昔には少しだけが注目を浴びたり、最近では #海街  と呼ばれたりする、とても狭い街に生まれたのです。そうです 隠してもしかたない、 まくら の話は ・まくら ですね。
父は大学を出てジャーナリストを目刺しながら
事情があり料理人へ
祖父もそう、別の道を目指したけれど、戦後の混乱期、最も金になる商売として飲食業を開き、大成功を収めた。
言えることは、父も 祖父も 料理人なので 私自身も 習わぬ経は読めるが如き、食い物は適当に作れる。
けれど、我が家に 会社員は誰も居ない
そんな私が、会社員なんてものを 59歳の今まで続けているのは
周りは別にして 私には無理なことだ

世間では老舗と呼んだりり、テレビでもたまたま近所に居た物書きのエピソードと共に、紹介されたりする、そんな生業飲食店の長男として生を受けました。
物書きと言うのは厄介な人々で、別段 彼らの舌が肥えているわけでもなく
味を理解しているのでもない なのに、彼らが好んだだけで 名店になるなんてバカバカしい権威そのものだと僕は思っている。
我が家に、来た文人のエピソードは、仮に事実だとしても、我が家の店の味が美味しいというエビデンスにはならない。
それは確かなことだ。

父親はリベラルな人で、古典的な考えは無くて、むしろ 商店主なのに店はほったらかしで、なんたら会議所とかいう活動に情熱を燃やしつつ、左ハンドルを乗り回す様な人だったから、家業を継げなんて一度も言われたことはなく、もしも継ぐことを考えるのは自由だけれど、商店主自身が店に立ち、食い物を作って出すような商売はもう先がなく、店に立たずに、マネージメントと盗まれない味とクオリティの維持をどうするかの答えを見つけられたら、継げば良いと平気で、言い放つ人だった。この話を中学生にするのだから、もはや、後継の字書くなとなくなっていったというか、家業を継ぐというのは、漠然とした保険と先送りの学生時代だったわけ。実際父は、私より25才上という若い父だったから、なんちゃら会議所の後も、百獣の王みたいな名前のクラブ活動でよろしくやっておりましたので、社会に出る頃も別に金に困らないけど、とりあえず社会を見て勉強会しましょうとサラリーマンになったのです。

でも、#卒論 テーマは #フードビジネス
それが何故か、卒業後も手元にもどされることなく、当時の教授から、キチンと製本されて戻ってきたのは10年の後の事でした。
その内容は、1986年に必死で書いて (手書きで原稿用紙の時代)
翌年に卒業なので、バブル手前の時期
#ファーストフード #ファミレス  全盛の時期でした
一方で中途半端な ダイニングバーとかカフェバーみたいなのが流行り
それまでの旧態然の #生業 (なりわい)とが混在する時代でした。

そこに書いたことは、生業は儲からないが潰れないということ
ファーストフードと生業は競合しない
大資本ファミレスは多店舗経営する中小企業との戦いに注力すると、大資本同士の共食いに晒されてる、一方で強みのない他店舗中小は生き残れない。
超高額高級レストランは、数を減らして洗練されて生き残る。

結局大資本とて、コストはかかる 手持ちの家土地で、地元の客に愛されて三ちゃん経営する店を駆逐する、理由も必要もないから
心配するのは、三ちゃん経営の店主と女将くらいで大丈夫

という内容

それが、それが35年後にどうなったかは 今を見れば良い

そして会社員へ 会社員で良かったこと

今回のお題 会社員で良かったこと とありますが、これを書く人は、おそらくは会社員だと思うのですね 会社員で良かったことを書いても 会社員ではダメだったことは書けても 会社員じゃ無かった自分と 会社員だった 今も会社員である 等の自分とを 同じウエイトで同じ経験料で比較出来るのか?? これは甚だ疑問ではありますね。
が、それを言っても先には進めないので、ここは割愛ですね。
その意味では、私が会社員で良かったことは以下の3つです。

その1: 会社員だったからこそ出来た経験が無数にあったこと

その2: 会社員には定年があり、やっている仕事は有期限だということ

その3: 会社員という人々の特徴を知れたこと

ここからは、それを具体的に書いてまいります。

その1: 会社員だったからこそ出来た経験が無数にあったこと


私のサラリーマン人生は実は紆余曲折していまして、波乱万丈というか、まあユニークな人生でした。先ずは、簡単に説明します。
社会勉強という意味で、学生時代は就職活動はもっぱらホテルマンだけを目指しておりました。ただ、就職活動は、これも勉強と、いくつかの業界を回らせて頂いたのです。そして、さるホテルさんとご縁があり、覚悟を決めたのですが、さる事情で夢絶たれ、卒業も迫る中で、本人なりに途方に暮れていた時に、こちらの事情を知った、就職活動で何度かお会いしていた企業の方からお誘いを受けて、畑違いの自動車業界に勤めたのです。その時の、誘い文句がとても粋でした。「社会勉強で構わないから、数年うちで働いてみないか、この業界は世の中が見えるし、何よりも人を知ることが出来る」みたいなことを言われたのでした。お言葉に甘えて、入社、結局2年と7ヶ月勤めましたが、ここで柄たものは大きかったですね。まず、この会社ので自身の業績は右も左も解らない若造にしたらかなり良くて、ここで学んだのは、徹底した B toC  これが、後にB to Bの世界で生きて行くのに最大の強みになるのです。  B to B と言えども相手は人 企業間取引も、実は人と人の取引に違いはなく、眼の前の人の心が動かないと、ビジネスは生まれません。このことを身をもって吸収したのがこの時期です。相手の顔色を見るのではなく、相手を説得することもしない。 するべきことは、相手の話を聞くこと、相手が必要としていることに、こちらなりの答えを提供すること。価格とは何か、人からモノを買う、人にモノ・コトを提供するという行為の総てがここで学べました。余談ですが、この時期、業界では #晴海  最後の #モーターショウ  が行われ わたしもここに中の人として経験しました。この経験もまたとても貴重なものとなりました。
ものの見せ方 イベント制作 そして、そこで見える 人間のこと・・
一通り経験できたと感じた頃 私は転職しました

ホテルマンの夢は諦めてはいませんでしたが、このタイミングで、需要拡大で人を欲しがっていたのか、中途採用を大規模に行っていた、旅行会社の入社試験を受けたのでした。書類審査、面接、そして筆記 というプロセスを経て入社、この会社のこの中途採用試験、筆記の前に面接があるなんて、私個人、今にして思うと 当時のこの会社らしい と感じます。
新卒と違い、中途は、会って話せば掴めるものが多いと言うことでしょうか?真意は今となってはわかりません。
暫くして、缶詰の合宿研修があるのですが、箱根の環境の良いとこっろに自社の研修センターがありまして、ここで基礎から導入研修を行うのですよ。男女ともに一つ屋根の下で、学ぶわけです。
講師陣も東京の本社から連日交代で来てくれるのですから、講師も大変だと思うのです。快適な宿泊施設に、旅館と全く遜色のない三度の食事、週末には近隣観光までもプログラムされる丁寧さ。
そして、研修が開けると、配属になるのです。
私は語学が苦手でしたので、本邦内で完結できる、それも仕事として漁夫の利が大きそうなセクションを希望したのですが、最初から梯子外されまして、海外の法人営業でした。
世界中を回り異なる、言語、文化、習慣、の中に身をおくと見えてくるものがある、それぞれが異なる環境で生きる人々との出会いも大きい。
また、この仕事は普通なら中々お会いできない方々に接する機会がある。
それこそ、若い時に心から憧れたアイドル、歌手に俳優、著名な作家、政治家、ジャーナリストにスポーツ選手です。
普通なら入れない筈の場所に入れた、普通なら食べられないものや飲めない酒に出会えた。著名なイベントの舞台裏、社寺仏閣、貴重な建物、設備や、非公開何とかとか。
永田町にあった、中々入れない食堂の寿司が美味い 鰻が美味い とか
上野のコンサートホールの螺旋階段下の景色とか
いつも年末のテレビで見るあの長い廊下と言うかオープンスペース
などなど 極めつけは フランス リオンの さるレストランの あのワイン そうあの、ゴシック体のシンプルなタイトルロゴのワインとかです

その2: 会社員には定年があり、やっている仕事は有期限だということ

会社員には定年があります。今の仕事を一生の仕事と考えていたとしても、所詮は有期雇用です。役員や社長になったところで、無期に勤め上げるのは一握り。だからこそ、区切りがあっていい、これは本当に会社員で良かったことです。どんなものにも、始めがあり終りがある だからこそ頑張れる。
さらに、自分の意志とは関係のないところで、転勤は起きるし、転属もある。そっれを受け入れるたびに喜怒哀楽があるのだけれど。それも、後になって考えれば自然な変化に身をおいただけ。
自分の人生、自分ではどうにもならないことが、日々起きる、だから、活きる術を身につける。
サラリーマン 我慢の中で自分を見つける作業だとも感じています
だから、期限を超えたら自分を活きるのも良いかと思うのです。

その3: 会社員という人々の特徴を知れたこと

これは その2 と表裏一体 会社員は生きる術を身につけるものです。
正直言えば、この生きる術というのは、受け入れられる人には疑問もなく受け入れられるものですが、私はむしろ身に付けて有り難いものなのか疑問で、これを身につける前に期限が来たと感じています。
ひとえに、組織の中で認められることと、社会で認められることとは必ずしも同じではないので、中には組織に認められたくて必死でやった事が、世間から批判を受ける場合だってあるのです。
にも関わらず、社内での評価が人生の評価だと言う人は、います 今も昔も変わらずに
これを否定する必要はないと感じています。
私は違いますけれど

その4: これは私の場合の冷静な会社員のメリット

【病気に怪我】
会社の健保組合 なぜか手厚い さらに会社からも
大病で手術して超高額な医療費も、高額医療費での自己負担額が極めてすくない、保険がカバー 会社から健保以外の給付みたいなもので、差額ベッド代もカバー 収入の心配なく入院できる充実の有給制度

【昔は】
今は変化したけれど、仕事がある意味で華やかな業界という側面もあった
ので、色んな意味で恩恵は大きかった この色んな意味はかなりの広範囲
に及んで、若い頃には良い思いをさせていただいた。

もちろん : 良いことばかりじゃないですよ人生だから・・・



日本はいい


素朴な唯一無二
時にはこれも仕事道具
打ち上げといえば肉
でもこうゆうので良いんです


余談:カバー写真ですが これ成田です どこか 気付いたことありませんかぁ〜?


そうなんですよ 普通は無いものが。


以上が会社員で良かったことでした 駄文にて・・


【大好きな絵本】 数日前からアマゾンのリンクが背製されないので
         URL で貼ります

何が人生で大切か素朴に突きつけてくれた
作品 絵本だから届くメッセージがある(ハードカバーとキンドルなど)

【大好きな小説】 海流のなかの島々
上巻と下巻ではまるで違う小説 この醍醐味と
一貫したテーマがいい それは 生きること 


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