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北溟

"そういう風に私が小鳥達から好かれるのは(中略)結局私の顔なり姿なりが、すぐに大きな蟲の様に思われるのであろうと私は想像している。人間からそう見られては困るが、相手が小鳥ならば構わないから、私は矢っ張り欠かさずに、せっせと蟲をやっておる"1937年発刊の本書は【阿房の鳥飼】を自称する著者の小鳥に対する小品を含めて37篇収録の随筆文書。

個人的には、何度でも幾度でもヒャッケンズラブな事から、猫でもなく列車でもなく小鳥作品『頬白』『葦切』『春信』『うぐいす』などが収録されている本書も手にとりました。

さて、そんな本書は他にも表題作にして浜辺でふはふはした物をかじる『北溟』列車から虎が現れる『虎』といった馴染みの幻想的な作品、そして田山花袋に作品を評価された著者の喜びが素直に伝わってくる『花袋追慕』や、同窓会の席上で芥川龍之介が話題になっている描写を描いて、親交の深かった著者の想いが静かに浮かび上がってくる『白濱会』といった作品も収められているのですが。

私的に思う著者作の魅力は日常においてフラットに【対象と向き合い写実的に描きつつも】感情の説明に関してはわざとはっきりとは言葉にせずにボカしている。そんな【余白を残した明暗さ】ではないかとあらためて思いました。

また、著者の視線で浮かび上がってくる当時の人たちの朴訥さや明るさ。例えば息子が飛行機に乗ってローマまで行く事になり【大きな看板を作って航路を朱書きする】父親の話や、助平の助が英語のヘルプなので【猥談=ヘルダンと変換して】『海軍用語だ!』とうそぶく様子など。無名の人たちのなんともないエピソードに何とも癒されます。

著者ファンや鳥好きはもちろん、戦後に失われた言葉にできない懐かしさを感じたい人にもオススメ。

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