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七時間半

"東海道の往復は、"ちどり"か"ひばり"に乗らなければ、ハバがきかんという時代になった。そして、三十一年秋には、東海道全線電化が完成して、この姉妹特急は、遂に東京大阪間を、七時間半で走ることになった。"1960年発表の本書は特急列車を舞台にした昭和を色濃く感じさせる大衆小説。

個人的には賛否ありつつ行われている東京オリンピック・パラリンピック2020を見ながら、前回(1964年)の東京オリンピック以前の時代に思いを馳せたいと、著者の本は初めて手にとりました。

さて、そんなフランキー堺他が出演、『特急にっぽん』として映画化もされた本書は発表の4年後の1964年の東京オリンピック開会式9日前、に【東海道に新幹線が初登場する以前】東京ー大阪間を特急列車が七時間半かかって往復していた時代を舞台に、豪華特急"ちどり"が【品川を出発して大阪に到着するまでの七時間半】で車内で起きる出来事を主人公を1人や2人に限定せず、数人のキャラクターのストーリーラインを並行して同時進行させる【『グランドホテル形式』(アンサンブル・キャスト)の群像劇】として、また安保や岸信介、ブリジット・バルドーにユル・ブリンナーといった【当時の世相や流行の固有名を豊富に引用した大衆小説】として軽妙に描いているのですが。

まあ、同時代の流行や諷刺を取り込むことに長けたベストセラー作家として多くが映像化されるも、没後はほとんどが(古びてしまい?)一時、絶版。しかし2010年代から復刊が続き、復活を遂げた著者作の一つである本書は、国鉄がJRとなり、昭和はおろか平成も終わった令和の今。懐かしさや古さを感じるというより、最早【異世界か平行世界といった趣きで】綿密な取材が感じられる特急、食堂車の細やかな職場描写も含めて、牧歌的かつ新鮮な読後感でした。

また、列車が舞台といっても某オリエント急行みたいに殺人事件が起きるわけでもなく、また某無限列車みたいに行方不明者がでるわけもなく。物語自体としては【何か起きそうで何も起きない】ままに、コメディー的に展開したまま【やや唐突な終わり方を迎える】のですが。スピーディーで派手な作品に麻痺した現代感覚ではやや物足りなくも、それも含めて新幹線が象徴するように今でも続く『速さ絶対主義』な流れの中で【失われた情緒】みたいなものを感じられて良かったです。

前回の東京オリンピック前、昭和の時代の大衆に思いを馳せたい方にオススメ。

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