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サラサーテの盤

"それは私にも覚えがある。吹込みの時の手違いか何かで演奏の中途に話し声が這入っている。それはサラサーテの声に違いないと思われるので、レコードとしては出来そこないかも知れないが、そう云う意味で却って貴重なものと云われる"2003年発刊の本書は映画化された表題作を含む稀代の文章家の魅力が凝縮された一冊。

くどいようだが、だがしかし。何度もくりかえすが【著者の大ファン】である事から、 ノラやとか特別阿房列車といったユーモア溢れる作品とはまた違う魅力をもっている本書を久しぶりに再読。

さて、そんな本書はいつも同じ時刻に夫の遺品を返して欲しいと友人の後妻が訪れてくる表題作ほか、東京の日々をスケッチの様に淡々と切り取った連作『東京物語』そして著者の琴の師匠であり親交の深かった宮城道雄氏の死を描く『東海道刈谷日記』など16作が収録されているのですが。

谷崎潤一郎の陰翳礼讃ではないが【明暗や日常と怪異の境界線が曖昧】でありながら、感情をおさえた洗練された文章の妙味は流石の一言でしかなく。近代化の名前と共に失われていった日本らしい精神や在り方が淡々と伝わってきて心に染み入ります。

また夏目漱石の直系の弟子にして、芥川龍之介も才能を絶賛した著者だが(私の周囲では)いまいち知名度が低く、また読んでいてもおかしみ溢れる『特別阿房列車』どまりである事が多いことから【そんな方々にぜひ本書を手にとってほしい】とあらためて心から思うのです。

ユーモア溢れる他作品とは【また違う著者の魅力】に触れたい人に猛烈にオススメ。

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