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新島襄の手紙

"時代は『人間的な』新島を求めている。本書は『等身大』の新島の姿を知る一助となるであろう。新島の手紙は、彼の人間味あふれた魅力に迫ることのできる最短の道であると確信する"2005年発刊の本書は教育者、同志社大学創設者として知られる新島襄の私信96通を抜粋、解説を加えた一冊。

個人的には京都御所近くにある新島襄旧邸宅を訪れた際に『母校の創設者』として親しみと敬意を感じていたにも関わらず、実はあまり詳しく知らないことに気づき、反省も含めて本書を手にとりました。

さて、そんな本書は冒頭で1954年に同じく岩波から出版された『新島襄書簡集』を"1人の単独編集であった"『旧版』として功罪を指摘した上で、それと比較して本書は"すべて合議制の編集委員会"により【内容をほぼ一新した『新版』として】『幕末、脱藩からアメリカにて学んだ時期』が24、『帰国してキリスト教布教と教育に励んだ時期』が36、『大学設立資金集めに奔走した時期』が36の【計96通の新島襄の私信が収録されている】わけですが。

まあ、卒業生も含めた大学の関係者以外には率直に言って、綾瀬はるかが妻、新島八重を演じた2013年のNHK大河『八重の桜』を観た人くらいしか手にとらないのでは?と思う本書。年表や解説があるとは言え、流石に本書だけでは新島襄に関して【全く白紙の方だとわかりにくいだろうな】という印象ですが。

一方で、事前に『ある程度は新島襄を知っている』私には、編集方針である『偉人というより人間的な魅力を伝える』が感じられる手紙。例えば【今にして学ばずんば時を失わんことを恐る】と向学心に溢れる気持ちを吐露しつつ、念願叶って航海術を学びつつも大坂で【虎屋の饅頭を喰いかね甚だ残り惜しく】と嘆く。壮大な志を胸に秘めつつも【等身大の若者らしさが伝わってくる】前半で紹介された手紙達が新鮮で魅力的でした。

また、帰国してからの一般でもよく知られる活動。中盤から後半にかけての手紙では『キリスト教大学をつくる許可や支持を得るために』維新の有力者、勝海舟や陸奥宗光、大隈重信といった重鎮たち"外"にはたらきかけつつ、"内"でも学生達のストライキや教員問題に苦労し【ヘトヘトになっている様子が伝わってくる】のですが。

それでも好んだ佐川田昌俊の和歌『吉野山花待つころの朝な朝な心にかかる峰の白雲』を引用しつつ、特に【関わった学生達には勉学を促し、飛躍を期待する言葉を一貫して書き続けている】のは、やはり教育者として素晴らしい人物だなと、尊敬の念を新たにしました。

同志社大学に縁のある方はもちろん、明治期の偉大な教育者、伝道者として刺激を受けたい方にもオススメ。

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