不完全性定理
"つまりこの論争には、真の勝者はいない(中略)もう一つ注意しておきたいことは、1960年代以後の地道な数学基礎論研究により、この論争には真の敗者もいなかったことが実証されつつあるということだ。"2006年発刊の本書は、不完全性定理論文の歴史的経緯を10年以上の調査で丹念に解説した良書。
個人的には『数学基礎理論の重要定理』として引用などを通じて名前だけは知ってはいたものの中身については全く知らなかった事から手にとりました。
さて、そんな本書は"まえがき"にて予備知識の無い人が、入門書だけ読んで【不完全性定理の数学的内容を理解することは不可能である】と断言し(それにもかかわらず)理解したつもりの【誤解や誤用が多い】と研究者として指摘した上で、第一部としてゲーデルの原論文『プリンキピア・マテマティカおよび関連した体系の形式的に決定不能な命題について』の翻訳及び注釈を約60ページ掲載し、その論文解説というよりは【論文発表当時の歴史的・哲学的な背景】を著者自身の10年以上の研究成果を取り入れて、約240ページで第二部として解説してくれているわけですが。
著者いわく"初等的知識だけで読めることで有名な"アインシュタイン(ゲーデルとも親しかったらしい)の『相対性理論』についても、論文の数式だけではチンプンカンプンで、本書と同じような構成による丁寧な解説でやっと。の数学的知識も素養もない私にとって、本書の第一部に関しては【デジャヴ的な絶望感】を覚えたものの。
19世紀のカントールの集合論によってもたらされたパラドクスによる【数学の万能性への疑問視的な状況下】の中で、今一度"数学基礎を見直そうという"という動きが起きる中、既に大学者であった形式主義者のヒルベルトによる【我々は知らねばならず、そして知るであろう】というスローガンを掲げた世界中の数学者たちによる壮大な一大プロジェクト、数学理論正当化活動『ヒルベルト・プログラム』。それが当時24歳の【若き天才ゲーデルの『不完全性理論』によって打ち砕かれる】(ゲーデル・ショック)までの"冷たさとは無縁の"熱き歴史数学物語として読み進める事が出来て、別の著者(サイモン・シン)による数学ノンフィクション傑作『フェルマーの最終定理』と同じような?予想以上にドラマチックな読後感でした。
また、ゲーデルの発表、証明した二つの定理『ある矛盾の無い理論体系の中に、肯定も否定もできない説明不可能な命題が、必ず存在する』(第1不完全性定理)『ある理論体系に矛盾がないとしても、その理論体系は自分自身に矛盾がないことを、その理論体系で証明できない』(第2不完全性定理)により、それまでの証明を積み重ねていけば【世界の全ての問題を解決する理論体系】"真理"に到達できるのではないか?という、些か頭でっかち【理性により作り出した理論体系】いわば人間万能(傲慢)主義は確かに冷や水を浴びせられた形になったとはいえ、最初に引用した著者の言葉通りに、勝者や敗者といった二局論で【短絡的に捉えたり、誤解(誤用)する】のではなく、それまでのヒルベルト達の積み重ねとグーデルの不完全性定理の二つによって限界が明らかになると同時に【新たな数学の出発点】をさらに人類が獲得した。と捉えるべきと思いました。
数学を学んでいる人はもちろん、数式とか専門的な知識はなくても『ゲーデルの不完全性理論』を理解したい人へ。また科学者たちが織りなす歴史ノンフィクションが好きな人にもオススメ。
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