ヴェニスに死す
"それは水かがみの上に身をかがめているナルチッスの微笑みだった。おのれ自身の美の反映に向かって両腕をのばしながら浮かべる、あの深い、うっとりとした、吸い寄せられるような微笑だった。"1913発表の本書は著者の実体験を元に純粋な精神的な愛を描き、1971年に映画化もされた中編小説の傑作。
個人的には著者の本は教養小説『魔の山』そして【市民生活と芸術家としての狭間的葛藤】を描いた『トーニオ・クレーガー』に続き手にとったのですが。
本書は時期的にも後者に連なる作品として、主人公を若者から成功した初老の作家と置き換えて、旅先のヴェニスで出会った容姿端麗な少年に心奪われる様子を描いているのですが。『トーニオ・クレーガー』でも感じられた同性愛的要素がさらに色濃くなっているものの、さりとてウラジーミル・ナボコフの『ロリータ』などと違って、直接的に接触したり拉致するわけではなく、ただひたすら【じっーと眺め続ける】姿に、物語の展開としてホッとするような物足りないような、でも【後をつけたり、部屋を覗きこんだり】とやはり今なら充分にストーカー的かも?と複雑な心境でした。(実際に著者にじろじろ眺められたとモデルとなったポーランド人美少年が後に告白しているのも何とも。。)
とはいえ、やはり著者38才と円熟した時期の作品として【描写の美しさや構成のバランス】はやはり流石だと感じさせられ、妻や子といった家族を伴ったヴェニス(ヴェネツィア)旅行で実在のポーランド美少年に夢中になっていた著者の姿を主人公に重ねて、本書は作家としての【計算的な背徳さ】だったのか?あるいは個人として小説として発表せざるを得ないほど【切実な秘めた想い】だったのか?などと色々と考えさせられました。
同性愛をテーマにした優れた中編小説を探す誰かへ。あるいはイタリア、ヴェネツィアに想いを馳せたい誰かにもオススメ。
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