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思い出す・焼肉の悲劇

プロローグ

中三の市総体前。私たち女子剣道部は個人個人だとへっぽこ初心者軍団なのにもかかわらず、団体戦で県二位(非公式戦)という快挙を成し遂げ脂がのっていた。そして最年長学年という自負があり「やってやるぞ」という情熱に燃えていた。最高学年の女子部員は7人。その内私含めた数人は食欲旺盛だった。成長期かつハードな練習を続けていれば当然だ。よく更衣室で馬鹿話をしては、日夜休みなく稽古に励んでいた。

焼肉の約束

稽古の頑張りが功を奏したか、はたまた伝統なのか、私たちが市総体を勝ち進み、県大会に出場した暁には焼肉食べ放題に連れて行ってもらえるという約束が親たちの間でなされた。他の家はどうだったかは知らないが、私の家で食べ放題と言ったら、年に数回あるかないかのビッグイベントだった。女子部員の多くは焼肉食べ放題に喜び、練習後にはそのことを話し合った。食べ放題という飽くなき欲望をある程度満たす魔法の言葉が持つきらめきに酔いしれ、お腹をグーグー空かせながら帰路に就いたものだ。市総体が近づくごとに、緊張と食欲が増していった。

部活動活動黒板に意気込みを書く

あなたは部活動活動黒板というものを知っているだろうか。もしピンとこなければ以下の画像を参照してもらいたい。(https://pixta.jp/photo/22995186 引用)

このような黒板。体育館付近の廊下に設置されていた。

私の中学では縦長の記入部分が正方形になっており、普段は何も書かれていないが、大事な大会が近くなるとそれぞれの部の部員が絵やら書体風の文字やらを匿名で記入する。それは勝利への意気込みであったり、横断幕に書かれているような信念であったりした。
正直この先を思い出して書くことはつらい。私たち剣道部員の中に食欲旺盛なメンバーが数人いることについては先ほど述べたが、私もその一人だった。私たちはある練習の帰り、部活動活動黒板の前を通りかかった。

「うちらも書こうよ」
「何がいいかな」
「やっぱり他と違ってた方がよくない?」
「そうだね」
「…そうだ、焼肉のこと書いたら?」
「いいね!書こう!」
(誰の言葉か定かではない。自分が立案した可能性もある。)

本当は数人の中に反対する人がいたかもしれない。今振り返ると焼肉のことを書くのは、お腹を空かせた少女たちの焼肉への期待からだった。そしてそれを書くことは他と異なり、奇をてらっているように見えるが、あくまで内輪ネタであって、公共の掲示板にはふさわしくなかったように思える。私はガヤガヤ言いながらチョークを握った身であり、そのようなことはゆめゆめ考えもしなかったが。
かくして黒板にはおいしそうな焼肉の絵と、「勝って焼肉行くぞ!」の文字が添えられた。

心無い匿名の書き込み

翌日の放課後、私と友人数人が部活動に行く際、部活動活動黒板の横を通り過ぎた。すると剣道部のマスの下と横に、下手くそな字でこのような書き込みがされてあった。

「肉のことしか考えないデブ」
「やせろ」

私たちは焼肉の絵と抱負、書き込みを黒板消しで消した。全員が無言だった。自分の体形が急に恥ずかしくなった。しばらくして友人のうちの一人が、だれが書いたか当てようと言い出した。当然だが、だれの筆跡かなんてことが分かるわけなかった。
それ以来、剣道部の部活動活動黒板は空白になった。私たちは市総体で勝利し、何事もなかったかのように(黒板の話には一切触れず)焼肉食べ放題を楽しんだ。

今になって思うこと

書き込みがふさわしくなかったことは先に述べた。それでもなおこの出来事のショックはあまりにも鮮烈だ。書いた側としては、剣道部の枠にある焼肉の書き込みに対しそぐわないと思い、それをつたない言葉で表したのかもしれない。そのように考えると心無い書き込みに対し、自らの非を認めて体形のことを言及された痛みを和らげることができる。公共の場に書くことには自ら責任を持たなければならないのだ。
しかしその言葉は邪悪でもあった。外見のことを揶揄されるのは辛い。宛先のない悪口は、不特定の誰かに対する誹謗中傷でありながら、それゆえに自分自身に対する誹謗中傷であった。きっと部員は、自分の体形について言われたと思うだろう(自分と数人の軽率な書き込みが部員全員に迷惑をかけた)。誰に罵られたかわからず、疑心暗鬼になることも辛い。

この記事を書いて

昨日風呂に入っている時にこのことを思い出してふつふつと怒りがわき、そのストレスをどこにぶつければいいかわからずやみくもに書き始めた。しかし書くうちに、過去の嫌な出来事を客観視することで、書き込んだ側の立場について思案できた。それは今までにないことだった。

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