見出し画像

裏浅草通信/ワンオペの魅力/CHOCOLATE JESUS coffee and tea room

 欠員ができたらしい、お呼びがかかった。美味しいもの師範代Sにまぜてもらって人形町のフランス料理屋へ。カウンターと大きなテーブル、二つのパーティ11人がお客の数。こちらは5人、向こうにギャルっぽい6人。予約は一年強先までいっぱい。Sの誘いがなければ出会えない。料理人は独り。眼の前で作りあげていく、作業の雰囲気にけっこう余裕がある。蝦夷ジカをフライパンで焼いている…良い匂いだ。焦がしバター?かな…独りで料理してだしたりするときの切迫感がまったくない。むしろ余裕というか、愉しんでいるというか、お客と話をしながら作って行く。デザートのモンブランもにょろにょろっとそこで絞り出して仕上げていく。「良い匂い!今食べたばっかりなのにまた食べたくなっちゃう。」笑ってこっちを見ている。ギャルグループ。凄いな若いグルメ。最近、美味しいところでワイン煩い声も煩い女子の集団にへきえきしていたので、好意的に挨拶を返す。たぶんマスターの雰囲気が作り出すものなんだろうな…。カウンターとの境はなく、手元まで全部見える。こんなのどうですか?これ良いでしょう…と、手つきがそんなおしゃべりをしている。蝦夷ジカはちょっと経験したことののない焼きぷりだった。Sは、ワンオペなのに凄いですねと僕に囁く。ワンオペね…昔は、夜中のコンビニを独りでこなすという時によく使われていた。
 確かに世界戦時下にあって景気が後退し、かつコロナで人人関係が変容して…経済も含めてサバイバルにはワンオペが有効だとは感じる。そういう生存のためのワンオペじゃなくて、積極的ワンオペとでも云えばいいのだろうか…ポジティブな部分があると感じた。独りだからこそ上げられるクオリティとか…だんだんワンオペは、凄いかも/可能性があるかもと思うようになった。独りだからこそやりたいことができる。マスターは、自分が食べたい料理を、自分でやってもらいたいオペレーションでサーブする。それが基本だと。——戦略的ワンオペ。生き延びるんじゃなくて。心に刺さるクリエイティブを作り出すためにやるワンオペ。
 そう言えば、浅草の千束通り脇に、靴店を改造して珈琲と紅茶部屋をやっているワンオペのお店がある。CHOCOLATE JESUS coffee and tea room。家前の三和土に椅子が三つ、そこが喫茶室。しかも不定期週末営業。ケーキもあるときもあるが、あってもあっという間に売り切れる。僕は開いていると必ず入って、珈琲を頼んで千束通りを行き交う地元の人たちをぼんやり眺めて時間を浪費する。浪費する…大事。僕は喫茶店では、だいたいが本読みか、メモ書きをしている。だいたい何かしている。独りで頭が動く大切な時間。でもCHOCOLATE JESUS coffee and tea roomでは、頭は動かさない手も動かさない。ひたすらぼーっとする。珈琲は美味しい。すごく美味しい。最近、良く飲んでいるエチオピアの豆だ。眼の前で挽いてゆっくりと入れる。かなり乙女な優雅な格好をしていらっしゃる。喫茶室はたぶん本業ではなくて、旦那の映像の小さなセットを作るのがメインのお仕事なのではと…インスタから想像している。最近は、長野で農業をするのだと、家を買って自ら改造中。しかも乙女なお洋服のままで…。パワフル乙女。完璧なワンオペだ。
 最近、浅草の食べ物事情はかなり悪化していて、それは珈琲にも言えていて、30年以上通った店を、味劣化のために放棄しなくてはならないはめに陥った。珈琲はかなり許容力があって…掻き揚げ蕎麦やカツカレーと一緒で…かなり劣化していても大丈夫なんだけど、それを越えている。そんな中で救ってくれるのは『蕪木』。一番。その次がCHOCOLATE JESUS coffee and tea roomなのだ。独りで好きに、だからこそクオリティと嗜好を最大優先して、成立できるウエイなんじゃないかと思う。好きなように…たぶん自分が飲みたいようにありたいように、オペレーションしているのだと感じる。じゃあ自分はというと、手に技術がないので、たぶんワンオペはできない。口八丁で生きてきた。どうやったら生きていけるのか。技術の関係ないワンオペという方法はあるのか、と…ぼーっと通りを眺めていたら浮かぶかもしれない。浮かばなかったら今度はそれまでのことで、まぁしかたがない。とにかくワンオペのいける店を探して、手頭を休めて見よう。開けるかもしれない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?