見出し画像

中川多理 Favorite Journalポール・エリュアール広場 2番地/『牛を焚く』古賀春江

 不覚にもコロナに罹って、痛みに頭蓋を揺さぶられ、以来、視界が昏めになって夕方が早めに想起する彷徨(さまよい)が、今日は、Passageのエリュアール通りで探索中に起きた。サハリン/樺太シリーズで並んでいる本に手をかけたときにくらっとした。本棚の流れる指示に従って、『二十六人の男と一人の女』から順に、チェーホフを通って、サハリン島へ上陸し、今度は南から北上してきた、宮沢賢治や北原白秋、林芙美子に出会ってだいぶサハリンを把握したかもしれないとの思いあった。二人には王子製紙工場や、それにまつわる森林伐採のことなどを聞かせてもらった。今日も2、3冊手に入れておこうと『凍港』山口誓子と『山口誓子の100句を読む』を抜き出したと思っていたのだが、昏い視界の中で混淆がおきた。いざ喫茶店で包をひらいたら別の本だった。
 ちなみに山口誓子は、1912年から1915年までの小学校、中学校をサハリンで過ごしている。のちに最初の句集『凍港』にサハリンでの風景が描かれることになる。
 凍港や旧露の街はありとのみ/『凍港』/山口誓子
西東三鬼の師匠筋に当たる人で、自分は『寺山修司全歌集』『葛原妙子全歌集』『西東三鬼全句集』の三冊しか俳句短歌の本をもっていないので、三鬼の師匠にあたる人の句には少なからず興味はある。
 ところが喫茶店で包を開くと、出てきたのは『軍艦茉莉』安西冬衛と、古賀春江の『牛を焚く』詩画集の二冊だった。この混迷はいったいいかなることか…。古賀春江はとても好きな作家なのだが少し驚いたのは、絵に対して自作解説の詩がつけられていることだ。古賀春江の詩は初見参。ちなみに安西冬衛もまったく手にしたことも読んだこともない。
 有名な、潜水艦と飛行船と指を高らかにあげている水着の女性の…『海』。この解説の詩が
透明なる鋭い水色。藍。紫。/見透かされる現実。陸地は海の中にある。/辷る物体。海水。潜水艦。帆前船。/北緯五十度。
海水衣の女。物凡てを海の魚族に縛ぐもの。/萌える新しい匂ひの海藻。
独逸最新式潜水艦の鋼鉄製室の中で、/艦長は鳩のような鳥を愛したかも知れない。/聴音器に突きあたる直線的な音。
モーターは廻る。廻る。/起重機の風の中の顔。/魚等は彼等の進路を図る——彼等は空虚の距離を充填するだろう——
双眼鏡を取り給へ。地球はぐるっと廻って全景を見透かされる。

 架空のモダニズム植民地なのだろうが、書かれている、北緯五十度とは、サハリンのロシア/日本の国境を指す。この詩の立ち位置は、おそらくサハリンではなく、韃靼海峡を挟んだ対岸の大連あたりからだろう。詩も独立して読んでも、詩人にまけないレベルでもあるし、モダンな、日本シュルレアリスムでない絵もとてつもなく良い。これからちょっと本を収集したいと思っている。
もう一冊の本は、『軍艦茉莉』安西冬衛。ゆっくりと読みたいと思う。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?