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花をくれた男

この花をくれた人は今は生きているか死んでいるか存じませんよ。アタシとしては恨みもありますから、川辺で野垂れ死んでたらいいのにとか、たまぁに思っちゃいるけどね。
でも、あれ以上に愛した人はいない。死ぬまで忘れない男はきっとこれきりだよ。

愛憎って言葉を考えた方は素晴らしいと思うね。
アタシはとても愛していた以上に、どうしてこの男が手に入らないんだろうとずっと悔しくて、いっそ殺してしまいたいなんて陳腐な昼ドラみたいなことずっと考えていてさ。
だから一緒にいる時もアタシはつっぱってて、あんたの思い通りにはならないぞって。今思えばガキでばかだったけど。

でもあの人もばかだったね。帰り際にアタシが頬を引っぱたいて笑って去ったら、それがとても良かったって。スーツが好きだと言えば、休日でもスーツしか着てこないんだから。お陰でアタシはあの人の普段着なんて覚えちゃいないさ。本当にばかな男だったよ、すごく愛おしかった。

アタシはあの人がくれたこの花をずっと忘れられず執着していたの。それが悔しくて悔しくて、惨めったらしくてありゃしない。
もう終わりにしよう、けじめつけるぞって決めた最後の日、仕返しの気持ちを込めてアタシも花をプレゼントしたのよ。
なんの花?野暮だね、秘密よ。恥ずかしいじゃない。

そしたらね、あの人、泣くんだもの。何も言っていないけど察したんでしょうね。
泣きたいのはこっちだわって無性に腹たって、アタシのこと泣くほど愛しているのに選ばないじゃない、って世間知らずだったアタシは怒りのままにその花束毟り取って男に叩きつけてやったんだ。

花が最も美しい瞬間は散り様だとその時気付いたね。
それからあの人のことはなんにも知らない。
来世で会えたら儲けもんさ。

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